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特定不審死者Tがくれたもの  作者: 扉野ギロ
落札したもの
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第十一話 「落札したもの その八」

 本当はわかっていた。

 文博がいなくなってからの二年間、ずっと一人だった理由が誰のせいでもなく自分自身にあるということ。


 つまらない人間だったからだ。

 どこに魅力もない、退屈で平凡な女だったから。


 いつからこうなってしまったのか。

 それは、この世で最もわかりやすい魅力を求めていた過去の自分にある。


 自分自身の取り柄なんて考えたこともなかったが、どうしてか人に受けるその単純な魅力にだけ自信があったのは、幼い頃からいわれてきた言葉のせいだ。


 清子は可愛い。


 家族親戚だけから言われていたら話は違ったのかもしれない。

 しかし近所、出掛け先、そして同年代の人。皆がわけもなくそう噂する。特に父親は事あるごとそう言っていた。


 その言葉は、幼い自分はただ褒められているとだけ感じ、その意味もそれが与える影響にも全く気づかず、考えることもなかった。

 だから、清子は可愛い、と褒められたい一心で振る舞うのが当たり前になっていった。

 

 身なりを周囲の好みにするのは当然。

 それに、お手伝い。

 母のそばにすり寄り、食器を戻して、洗濯物を畳んでと頼まれるのを待った。

 手伝うと褒められる。偉いね、ありがとう。

 でも、欲しいのはその言葉じゃない。


 母の手伝いをするうち、可愛い、と言われることがそう簡単でないことを知った。

 だからこそ、可愛い、という一言は自分へ向けられる最大の称賛だと感じた。

 それを得るためには、頼まれるお手伝いだけでは足りず。気がつくと、相手が欲する物事本人より先に知る力を手に入れていた。


 顔色を窺う、という力だった。

 それで感情ではなく、周囲の欲望に敏感に気づけるようになった。


 その成果か、両親に手伝いを頼まれることが少なくなったが。同時に、ありがとう、という小さな称賛も減った。

 それではいけない。

 可愛い、と言われるためには、親が欲するものの外にあるまた別の何かを与えなければいけなかった。


 それがどういうことかはわからなかったが、同世代の友人たちは成績が良いと褒められる、父の日や母の日にプレゼントを渡すと喜ばれると言っていたので、そのまま実行することにした。

 両親は喜んでいた。

 だが、それでも可愛いという一言は聞けなかった。


 どうしてか。その理由に気づくより先に、可愛い、のもたらした影響の一つに気づく重要な経験があった。

 

 中学二年の時だった。

 その時人生で始めて告白された。

 相手は当時同じクラスの男の子。明るくて人気者、とはいっても周りの友達からからかわれて楽しませるタイプの人だった。


 告白されて嬉しい、というのが普通の女の子の感覚なのだろう。

 でも、嬉しさも戸惑いも感じなかった。

 そこに自分が可愛いからだ、という自負があったからだ。


 その可愛さがあって、あの人は告白してきたのだと思った。

 だからつまり、当たり前だとそう思っていた。


 可愛い自分は、いつか告白されるタイプの人間なんだ。

 根拠がなくとも、ただ漠然とそう感じてきた。そしてそれが現実のものになっただけ。

 全てはわかりきっていて、あまり意識するようなことではないと。


 そういうことが念頭にあったから。付き合うという意味もわからなかったし、好きだという気持ちもわからなかった。

 だから当然という形で相手には、ごめんなさい、と伝えた。


 それからどことなく気まずい気分になり、その子と話すことがなくなると、自然と周囲の人間の目も向かなくなったように思う。   

 でも、それは仲良くしていた友人のではなく、なんとなく同じクラスだから話をしていた子たちのだ。 

 仲良くしていた友人とはこれまで通り、関係は続いていた。

  

 そして中学三年に上がり。その時にも、今度は同じ陸上部の同学年の男の子から告白された。

 

 得られた感覚は前の子と同じ空っぽなものだったが、あの時気まずくなった経験を思い出したのと、その子が小学生の頃からの知り合いだったということもあって、ある不思議な感情が浮かんだ。


 たとえば告白に頷いたらどうなるのだろう。


 実験、ではないが。先の見えない未来、未経験のその先を知りたくなったのだ。

 相手はそれで喜んでいたようだが、同じく喜ばしい気持ちにはならなかった。

 

 ごめんなさい、とそう言った時と変わらない。


 少しがっかりして、それでまたいつもの日常が戻ってくるのだと思っていたが、事態は自分の知らないところで変わろうとしていた。

 翌日から急に、一応にも彼氏となった男の子は家のそばの角で待つようになった。


 初めは驚いたものだが、そういえば付き合うとはこういうことだったか、と漫画とかテレビドラマのことを思い出し受け入れたが。

 しかし。ドラマでは楽しげに話すその風景が、どうやら自分にはないことに気づいてしまった。


 退屈だったのだ。

 男の子が話す内容も、朝二人で通学路を校門まで歩くという行為も。


 初めは相槌を打って一緒に歩いていたが、三日目には彼よりも三歩先を歩くようになり。

 翌日には五歩、また翌日には十歩。

 気がつけば次の曲がり角を曲がった背後に彼の姿は見えなくなっていた。


 学校に行けば見かけることもあったが、時たま。

 口も利かなくなったが、それは告白される前と大して変わらない。

 それでまた、いつもの日常に戻っていた。


 結局、どっちに答えても未来は変わらなかったのだと悟った。


 だから。いずれ告白されて気まずいことになるのなら、そうならないように行動するべきだと考えるようになった。

 男の子とはあまり口を利かず、友人を作らない。


 高校に入学して、まるで安寧を手に入れたかのような気分だった。

 休み時間は席を立たず机に伏せて寝たフリか興味もない教科書を読み。授業中は黙々と板書を写し、部活には所属せずに帰宅する。


 大概は独りだったが、それが寂しいと思うことはなかった。

 むしろ、時々遠回りして家に帰るのは楽しかったし。それで大人になったような気分になって、それまでは近づくこともなかったおしゃれな裏通りで一人お茶をしてみたり、買い物をしてみたりした。


 それでも、気がつくと学校で誰かと話すようになっていて友人ができていたのは、もともと人を拒絶するつもりがなかったことと、可愛いを求めて相手の欲望に応えることがクセになっていたのが原因だろう。


 話しかけられれば応える。相手の好きそうな話題を見出し、口をついてそこに情報を入れ込む、盛り上げる。

 おかげで敵を作ることはなかったが、ついでに心を許せる友人もできなかった。

 上辺で仲良くし、本心は語らない。

 相手が楽しめるように務め、独りの帰り道を楽しむ。


 それが高校ニ年の終わりまで続いた。

 望み通り告白されるようなこともなく、求めていた単純で退屈な日々が続いた。

 自分の容姿をどうと思うこともなく、平和だった。

 

 それなのに、ある日唐突に平和な日々はバランスを崩した。


 きっかけは、高校三年に上がってすぐ。繰り上がりで同じクラスだった友人の一人が放った一言だ。 

 春休みに三組の彼に告白したけど、フラれちゃった。

 自分には関係のないことだったのに、それで急に火が着いたのだ。


 もし、自分が告白したらどうなるんだろう。


 きっと上手くいくんだろうと思いながら、わざとそんなことを考えていた。

 それから、三組の彼を振り向かせる算段を整える日々が始まった。


 まずは、彼の電話番号を知る。

 そのために必要なのは、面識だ。

 八方美人を活かし、用もない三組に用を作るのはお手の物だった。


 できるだけ髪の艶を良くし、制服は綺麗に着こなし、そして友人と話す時にはできるだけ大きな声で話し、笑顔は多めに美しく。

 またある時は、新しくできた友人が同じクラスの男の子に話しかけるのに便乗して話に混じったりして、徐々に自分の立場を作っていった。


 そうしておよそ三ヶ月後、不意にチャンスは訪れた。


 クラスの数人で夏祭りに行くという計画に、清子もどうかと誘われたのだ。

 そこには三組の彼も含まれていた。


 このチャンスを逃すわけはない。

 夏祭りに行くことを承諾し、そして当日。

 それは、思いの外楽しいものだった。


 まるで自分がドラマか何かの主人公にでもなったかのような気分で。

 提灯の明かりも、屋台から香るごちゃまぜの匂いも、何もかもが彩られて美しく見えた。


 その日の帰り、また機会があったら遊ぼうということになり、皆で電話番号を交換した。

 第一目標の達成だ。


 次に目指すのは、彼の好意を引くこと。

 それを考えた時、中学二年の時告白してきた男の子のことを初めて考えた。

 

 彼はどうして自分に告白しようと思ったのか。


 好きだとは言われても、何がともどこがとも言われていない。

 自分が可愛かったからだと決めつけていたのが、そう正しい見解ではなかったことに気づいた。


 では、二人目の男の子はどうだっただろう。

 彼もまた、好きだとは言っていたが、何がともどこがとも言っていなかった。

 

 結局、何もわからない。

 自分の何がよくて好きになられたのか、それが自分で出した仮の結論しかなかったのだ。


 これまで自分の可愛さが魅力だったのだと思っていたのに、突如自信は陰り。

 自分は、あの子が三組の彼を好きだと言ったから欲しくなっただけなんじゃないかと思うようになった。


 でも止まらなかった。

 三組の彼の好意を求めてより容姿を磨くよう、心がけるようになった。


 だってそれしかできることはない。

 だけどそれを磨けば、間違いなく彼の好意を向かせることもできるだろう。信じて疑わなかった。


 そうして、自分の行動に二面性が生まれた。


 三組の友人と話す時の声は小さくなり、笑顔は微笑むだけに。

 別の男の子が話しかけてくればそれとなくあしらい、まともな相手はせず。

 ただ目的である三組の彼の前でだけ、自分の良いところを見せようと一所懸命だった。


 いずれ三組の彼は、遠くから自分を見つけただけで声をかけてくれ、二人で下校までしてくれるようになった。

 週に二回は必ず電話し、自分たちのクラスで起きたことに笑い、愚痴り、教師のモノマネなんかしたりもした。思い返せば、それは帰り道に話したことと同じようなものばかりだったのかもしれない。

 でも、とても楽しかった。


 楽しくて、この時がずっと続けばいいのになんて思ったりした。

 それなのに。

 三組の彼とは特別なことなど何もないまま、高校を卒業した。


 結局、告白しなかったのだ。

 正確には、できなかった。


 この関係が崩れるのが嫌だとか、そういう発想からじゃない。

 彼を好きなのかわからなかったからだ。

 楽しかったけど、それが好きだということなのかがわからなかった。

 喉元まで、好きだ、という言葉は出かかっていても、だから何も言えなかった。


 好きだと言ったらどうなるのか、自分には実験できなかったのだ。


 もしかすると三組の彼は告白されることを予想していたかもしれないが、彼から告白してくる様子はなかったし、どういうつもりだったのかはわからないままだ。

 別々の大学に進学し、それから彼がどうなったのかは知らない。


 ただ、今でも時折思い出す。

 自分が彼を好きだったのか、彼は自分を好きだったのか。

 あの楽しい感覚が好きだということなのか。


 そしてあの彼へ向けた努力で、燃え尽きたのだろう。

 可愛いを求め、そして自分が可愛いのかわからなくなっていた。


 容姿への執着はいつの間にか失せていて、大学では呆けた存在になった。

 まともな恋愛経験はなく、趣味もなく、何も知らない。


 そんな空っぽな自分を埋めるために、映画は大切だった。

 馬鹿げた可愛さなんてものに執着し八方美人が板についた自分は、もう他人の人生でしか彩りを得られないから。

 

 だから、ニューシネマパラダイスは辛すぎる。

 だって選んだ道を戻るのに、どうしたって時は過ぎてしまう。思い出がなければ、笑えもしない。


 可愛いなのか、魅力なのか。

 称賛を得るという無意味な欲望に取り憑かれ、恋をしたかった自分に気づかずに、言葉を持たず。勇気を持たず、行動できず。

 いくら過去を見つめても、そこにもう自分はいない。

 老けた自分が過去に戻っても、青春はやり直せない。

 

 それなのに雅は……。


          ◯


 清子が目を開けると、そこはやけに明るい場所だった。

 少なくとも横になっているという状態だけが感じられ、視界も鼻も耳も、感覚のどれもがまだ鈍い。


 こうなる前のことを思い出しがてら体を起こそうとすると、不意に清子を激痛が襲った。


 痛いのがどこかなど言いようがない。

 強いて言うならば、全身が痛みを訴えていた。

 その痛みはどれも鈍痛で、途端に力が抜けて清子は、バフッ、と音を立ててまた仰向けに倒れた。

 すると。


「あ、復活した」


 聞き覚えのある声がした。

 ハツラツとしているのに、どこか抜けた発言。


「鈴希さん……?」


 白く薄ぼけた空に清子が声を掛けると、「大丈夫っぽくないけど、無事ですね」と鈴希が返事をした。


「ここは……?」

「病院ですよ」


 ちょっと待っててください、医者呼びますから。

 そう言って鈴希がナースコールを押したようで、一分と経たずに看護師の女性が部屋に入ってくる。


「伊藤清子さん、目を覚ましました」


 鈴希が言うと、看護師は医師を呼んでくるといってすぐにまた部屋を出て行った。

 それから数分後、また部屋の扉が開き。


 入ってきた初老の男性医師は、清子の顔を覗き込んで「お名前、言えますか?」と。


「伊藤清子です」


 返事を聞くと、今度はベッド脇の心電図モニタを見つめながら生年月日を訊き。それから医師自らの手を強く握るように言って、結婚の有無を訊いた。


「しています。夫は、伊藤……文博です」


 それを聞いても医師は納得するような素振りも見せない。


「体は、痛みます?」

「はい、少し……」

「じゃあ、このライトを目で追って」


 清子がその明るいペンライトの光を目で追うと。

 ようやく医師は清子の脳に異常がないことと、頭部に二箇所三センチほどの傷がありそれは今止めてあること、肩と背中と腰の辺りに打撲があるものの別状はないことを教えた。


「傷のこともそうですが。脳震盪起こしていましたので、様子をみて一週間くらいの入院をおすすめしますけど。どうしますか?」


 医師の質問に、「大丈夫です」と答えたのは清子ではなく鈴希だ。

 そして、「何かあったらまた連れてきますから」と続けた。

 医師はそれで納得したようで。


「退院の許可は出しておきますから、もし気が変わったらもう一度看護師に話してください」


 そう言って部屋から出て行った。 

 

 そのスリッパがペタペタと床を滑る音を聴きながら、清子の耳に衣擦れが聴こえるほどの正確さが蘇り。

 見上げる天井のヒョウ柄風の斑模様がはっきりと見えるようになり。

 そしてタバコの匂いに気がついた。

 

「霧峰さん……」


 気配で感じる鈴希ではないもう一人の人物。

 体を起こして、その方へ「ごめんなさい」と清子は頭を下げたが。


「おはようございます」


 会釈を返したのは、清子の知らない男だった。

 

 襟の付いた紺色のウィンドブレーカーに無地の白色のティーシャツ、薄水色のジーンズにそれも白色のスニーカー。

 身長はそばに立つ鈴希よりも少し低く、細身の彼女や善と比べるとかなりがっしりとしたいい体格をしている。


 いったい誰だろう。

 小首を傾げる代わりに清子も会釈した。


「中野署の黄地おうじです」


 男の言葉を聞くなり気を失う前の記憶が蘇り、清子は絶句した。

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