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一日の恋

作者: 元爺

その日の朝も俺はバイトに向かっていた。朝早くから出かけて、両側に木々が生えている道路の歩道を自転車でひた走り、十字路の信号が青になるのを待っていた。


朝日を浴びて、自転車を再びこぎ始めた。十字路を挟んだ向こう側の道は木はない。左側は畑があって、その向こうには山が堂々としている。右側にはコンビニが二十四時間営業していて、その後ろには田んぼとあぜ道が交互にある。


そんないつもの朝。俺はあの子と出会った。朝日を背中に受けて歩いてくる彼女に目を奪われた。世間一般で言う“一目惚れ”というのにみまわれた。


黒色でショートに切りそろえられた後ろ髪。前は額が隠れる程度で一緒に耳も隠れている。目は吊り目で唇は閉じられて“凛”とした表情。黒いブレザーと深赤と黒のチャックのスカートという学生服を着て、右手には黒いカバンを持っている。登校の途中なのだろうか。


挨拶も交わせぬまま彼女とすれ違いになった。その時に目が合った気がして、心を打ちぬかれた瞬間でもあった。


そんな出会いがあってか、その日はバイトに集中できなかった。


「おぃおぃー。どうしたフルフルー。今日は一日身が入ってなかったんじゃないのか」


一緒にバイトで品だしやレジ打ちをして働いている同級生、岩瀬イワセ 竜弥タツヤ。フルフルというのは俺のことで、弐積ニセキ イニシを、いろいろ変換したらしいのだが岩瀬曰く、弐積を〔2〕と〔×カケル〕にして、古はそのまま〔古〕。そこから〔2×古〕の式ができて、答えは〔古古〕となり〔フルフル〕となったと言う。岩瀬だけしか呼ばないので、別に気にはしていない。


「別に、いつも通りのはずだと思うけどな。」


「毎日お前を見てるオレをなめるなよ。ずっと見てたがどこか上の空って感じだったぜ。品物の置く場所は間違えるわ、落とすわでよ。後始末が大変だったんだぜ。かわいい子でも見つけたのかよ?」


最後の言葉に体がギクッっと反応した。しばらく固まってしまい、そして体中の血が沸騰するくらいに熱くなっていくのがわかった。


「図星かよ…。まぁいい。フルフル、今日は何の日か知ってるか?」


硬直が解けたので、話を続ける。


「何の日って…、確か花火大会だっけ? この近くの大きな川で毎年恒例の。」


「あぁ、今年こそは絶対に美女をナンパしてやろうぜ。」


「お前な…、早く彼女作れよ。高二にもなって彼女の一人もいないなんて悲しいだろ。」


「フルフルだっていねぇだろうが!」


「俺は“作れない”じゃなくて“作らない”だけだ。」


この意味の違いで、俺たちがモテるかモテないかはっきりする。俺は作らないでいるだけだが、可能なら朝会ったあの子を…と今、考えてしまった。


「ぐ、ぬぅ。まぁいい、これ済んだら六時半に川の橋の下に集合な。」


「あぁ、了解。」


バイトが五時に終わり、岩瀬と一旦別れて家に向かう。その途中で、また彼女に会った。朝すれ違ったあの場所で、森から抜ける黄昏の光を受けていた。朝と違うのは浴衣を来ていること。紺色の生地にアジサイの花が描かれていた。それを空色の帯で締めてゆっくりと歩いてくる彼女。多分、花火大会に行くのかもしれない。声をかけようと思った。


…でも、出来なかった…


そのまますれ違いになり、自分というちっぽけな存在に気づいたと同時に家に到着した。気を取り直して、お気に入りである、黒を基調とした服に着替えてお茶漬けを食べ終わり次第、花火大会場まで再び自転車をこぎ始めた。


その途中、さっき見たアジサイ模様の後ろ姿を見つけた。今度こそはと思ったのに、のどまで出かけた言葉をそのまま飲み込んでしまった。自分に腹が立って嫌になってくる。


会場に着いたときにはすでに六時を回っていて、腕時計の長針は〔3〕を指していた。まだ夕焼けで染まる会場には、出店などの準備が行われていて、その先の草地にはすでに場所取りをしている親が大勢いた。適当なところにあったベンチに座ると、彼女のことが頭に浮かんだ。


思い出してみる。風になびいた髪の毛、雪のような白い肌、温もりを感じる唇、服に隠れたそれなりの大きさの胸…


「よっ。こんなところに居たか。」


思い出していると肩を叩かれた。振り向くと岩瀬が居て、キーホルダーのたくさん付いたジーパンに装飾の派手な上着を着て、サングラスまでかけてものすごい場違いな服装だった。


「お前それ…一張羅か?」


「当たり前だろ。これで女を釣るんだよ。」


サングラスをかっこつけてはずす岩瀬。


「お前な…。別にかっこつけなくてもいいだろ…ハァ…」


俺は岩瀬のメタボな腹に目線を下げてため息をつく。


「うるさいな。お前と違ってオレは必死なんだよ!」


「まぁ、頑張れ。俺は始まるまで寝る。」


俺は腕を組んで、足を組んで寝に入った。後ろで足音が遠ざかっていくのが聞こえた。それからの記憶はない…


目が覚めたのは花火の音だった。穏やかな夜風が吹いていて、時計は七時を回り、周りは大分暗くなり家族連れが多くみんながみんな同じ場所を見上げていた。夜空に散る花びらを、一瞬の美を眺めていた。夏の風物詩、花火を…


「いたいた。やっと始まったな。」


後ろを向くと岩瀬がいた。その隣にはどこかのキャバ嬢かと思うくらいの派手な服装。舞台に引けをとらないくらいの装飾がたくさん付けられていた。また場違いな服装だった。


岩瀬だけを手招きする、岩瀬が近づく、俺は岩瀬の耳元でささやく。


「成功?」


「あぁ。ちょっと声をかけたら、『一人で来たからOK』だってよ。」


「そっか。もう行って良いぞ…」


そして、二人は肩を並べて楽しそうに歩いていった。俺は聞こえるように声を発した。


「いい意味で、お似合いだな。」


そう、はたから見れば、派手派手同士でお似合いなのだ。そんな二人の背中を見つめ、俺はあることを思い出した。もうすぐあの彼女が来てる頃ということを。一人だから多分、見つけやすいはずだ。


そして、ベンチから立ち上がって、家族連れの中に探しにでた。右を見、左を見てそれらしき人物を探す。一人で、アジサイの浴衣を着て、花火を見ているはずだ。でも、見つからない…。出店の方にいるのではと思い、そちらに向かう。不安しか過ぎらなくて変な汗が出てくる。


出店にも人は大勢いた。たこ焼、お好み焼、焼そば、射的などの出店に人が並んでいる。俺はその人ごみを一人一人見て回る。それでも見つからない。待ち合わせしていたとか男がいるとか、そんなことを考えてしまう。早く見つけたいと心が叫ぶ。


いつの間にか出店のはずれまで来ていた。この先は臨時バスの発着所と自転車置き場しかない。ここには数えるほどしか人はいない。でも、俺は見つけた。浴衣を着て立ちながら、明かりがほとんどない夜空の下で、散った花火のひとひらが消えるまで、一人切なく見上げる彼女を…


俺はそこで立ち止まった。彼女を見つけたのはいいものの、ここからどうするかを考えてなかった。声をかけるか、黙って見つめるか迷った。でも、悲しげに見上げる彼女の顔が花火の光で見えたり見えなくなったりしているうちに、声をかけよう。そう思った。


左足を一歩前に右足を一歩前に、少しずつ彼女に近づく。彼女がこちらに気づいたところで、胸の高鳴る鼓動でタイミングを取って勇気を出す。


「あの…きれい…ですね…。」


悲しげな表情を浮かべていた彼女の顔が少し、笑ってくれた。心の底から勇気を出して続けた。体は熱くてたまらなかった。


「となり、よろしいですか」


緊張のあまり敬語になって、不審がられてるのではないかと不安になった。彼女の返事を待つ。その間、朝の雰囲気とは違う彼女をじっと見つめる。


「…はい。」


その返事、その声がキッカケで俺は、俺の中の不安を全て取り除くことが出来た。報われた気がした。嬉しくてたまらなかった。今にも踊りだしそうだった。そんな気持ちを抑えて、彼女の隣に並んだ。でも、俺の肩に頭が並ぶ背丈に近寄る勇気がない。


「…朝、会いしましたよね。」


彼女から話をしてきてくれた。朝会ったことを覚えててくれた、俺を覚えてくれた。それが嬉しかった。


でも、ここからどうすればいいか分からない。なんて声をかけたら良いのか分からない。いままでは、俺から接するなんてことなかったから分からない。頭の中で言いようのないものがグルグルと渦を巻いていた。その流れを止めてくれたのが彼女だった。


「…私、東村しのむら 有希ゆきっていいます。高校一年生でただいま女子高校営業中です。」


「あ、えぇと。俺は弐積 古、高二で今夏休みだからバイト中。」


「ということは、朝会ったあの時はバイトに行くときだったんですか? いいなぁ〜。私もバイトしたいなぁ〜。」


羨ましそうに、楽しそうに話す彼女の横顔はどこか寂しさを感じられた。花火を見ても、俺と居ても満たせないくらいの寂しさを…


「バイト、出来ない学校なんですか?」


「ううん、違うの。一学期はほとんど休んじゃって夏休みなのに補修を受けなきゃならなくなっちゃって。おかげで夏休み返上。」


高校一年で補修を受けるというのは珍しいことだ。まだ先生も優しくしてくれて、友達も次第に出来るそんな時期なんだから。


「風邪か何か?」


「…なんというかさ、私には合わない学校だったってこと。」


やっぱり、悲しそうな目をしている。俺に何が出来るか、考えていた。浮かんだことといえばそう、


「俺でよければ相談に乗るよ。」


相談に乗ることだった。何もしてあげられないけど、何かすることで彼女のその悲しさを消せればいいと思った。


「いいのかな。君に相談しても。」


「的確な答えは出せないと思うけど、心の支えくらいにはなりたいから。」


「…え…。」


俺は、俺自身がなんて恥ずかしいことを言ってるのか今気づいた。顔は真っ赤になり、体は熱くなった。花火を見上げてごまかそうとした。横目で彼女のことを見てみる。下を向いて耳を真っ赤にしている。


最後の花火が大きく夜空に咲き誇った。それをキッカケに気まずい雰囲気と今年の花火大会が終了した。そして、家族づれや出店が後片付けを始めて、バスも動き出してみんなが帰ろうとしていた。


「送ってく?」


俺は彼女に聞いてみた。彼女は笑顔でこっちを向いてくれた。結局、相談のことは聞きそびれた。


「それじゃあ、お願いします。」


一礼までしてくれた。俺は嬉しくなった。


「自転車取ってくるからここで待ってて。すぐに戻るから。」


彼女はうなずいた。俺はその場から離れた。たくさんの人ごみとすれ違いながら自転車を取りにいった。そしてすぐに彼女の元に戻った。


でも、その場所には居なかった。周りは帰る人達。花火が終わって明かりがついていたので、それを頼りに人ごみに紛れてないか目を凝らす。


「…居た。」


良く見ると、複数の男に連れ去られていた。四人くらいの男に両腕を捕まれて、その先にある茂みの方へと向かっていた。


「あいつら…」


言いようのない怒りが俺を急がせた。自転車を置いて、茂みの方へと走った。今なら100メートルを10秒でいけそうだった。


「てめぇらー!」


追いついてまず一人をぶん殴った。渾身の一撃が延髄部分を直撃して、しばらくは気を失うだろう。そして、残りの三人をにらみつける。二人が彼女の両腕を口をふさいでいる。許せない怒りがこみ上げる。


「なんだてめぇはー!」


彼女が奥へと連れてかれ、一人が勢いよく右手で殴りかかってきた。でも、そんなことで俺の怒りは治まるわけがなかった。


「引っ込んでろ!」


攻撃を見切り顎に一発、右手の裏拳を叩きこんだ。脳を揺らして男は倒れた。そして、急いで彼女を追った。不思議と足が軽かった。


「待ちやがれー!」


暗闇の中、見失わぬように目で追う。もうすぐ足が限界に感じた。でも、諦めるわけには行かなかった。追いつくまでは。


「…ハァ…ハァ…」


そして、あいつらは転んだ。そして、やっと追いついた。誰もいない茂みの中、三人の息を切らす音が聞こえる。彼女は泥だらけになって泣いて、両手で目を拭いていた。それを見ると、さらに怒った。そして、倒れている男の襟をつかみ上げ胸に一発、もう一人の男には腹に一発ずつ、渾身を入れた。そして男達はどこかへ消えた。


「…ハァ…大丈夫…だった?」


地面に腰をつけて彼女の顔に微笑みかける。そうしたら彼女はさらに泣いて、俺の胸に抱きついた。でも、俺は別にドキドキしなくなった。そして、彼女は笑って、


「…ありがとう。」


と、消えそうな声で礼をしてきた。そして…俺は…彼女の唇に…そっと…キスをした…


…その唇は…土の味がした…

私自身が見た夢を元に綴った小説です。

(いろいろ変わりましたが…)


気が向いたら女性視点の話とその後も作る気でいますので、感想のほうお待ちしています。

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