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ガッシュ!  作者: 朱華
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ガッシュ!

一人称で進みます。視点が変わる時は間に☆が入ります。

 生きてるのがつまらない?

 ねぇ、そんな時はさ、想像してみるんだよ。


 もし、明日死ぬとしたら?


 その時に、君は絶対何かを後悔するんだよ。


 まぁ、私はしないけどね。


 だって、私は毎日やりたい事、やってるから。






 私がそう言うと、そいつは思いっきり顔をしかめた。何その反応。人が折角人生観変えてあげようと思ったのに。

 今日初めて出会ったこの男。上履きの色で、同じ学年っていうのは分かる。

 立ち入り禁止の屋上に、わざわざ狭い小窓(45度くらいしか開かないやつ)を通り抜けてやってきた不良くん。細いね、君。通り抜ける瞬間想像したら笑える。


 っていうか私の目の前でタバコ吸ったら許さないんだから!

 あんたがいくら犯罪を重ねようと知らないけど、私はタバコが嫌いなの!!


 ってことで、屋上に飛び抜けて設置されている天文部の部室から、私は奴に怒鳴りつけてやったのだ。

 名前は何だっけ?

 そういや、まだ聞いてないか。

 とにかく、いきなり開いた窓から私に怒鳴られたそいつは、凄いびっくりしててちょっと笑えた。

 で、成り行きでタバコを取り上げ、仕方なく部室に入れてやったんだよね。別にまた小窓から入ってくれてもいいんだけど、笑わずに素通りできる自信がなかった。

 ちなみに私はこの天文部の部長を努める高校二年生です。

 でっかい天体望遠鏡がついてる学校だから、天文部入らないと損だよ〜。

 観測なんです、って言えば屋上も勝手に使えるし。

 冬場はこたつ引っ張ってきてそこで流星観測したりとかね。

 あ、話がそれちゃた。


「ねぇ、聞いてんの?」

「るせえな…」


 一応話しかけてみると、一応言葉が返ってきた。会話にはなってないから一応だね。

 今は本当なら、午後最後の授業が始まっている頃。私、部室に置きっぱなしにしてた教科書を取りに来ただけだったのに。


 こんな時間にこんなところで何してんの!って言ったら「うるせえ!つまんねぇんだよ!!」って言ってきたから、私が素晴らしい人生観を聞かせてやったところだ。


「ところで、君名前は?」

「あ? 関係ねぇだろ」

「…タバコ」

「…北村…周」


 キタムラシュウね!

 ふふふ。こっちにはあんたが今まさにタバコを吸おうとしてた瞬間激撮写真と証拠品のタバコ質があるのよ! 素直に答えなかったら即先生に情報売り渡すから!


「北村くんね! 私は鳴海麻衣だよ。9組なの」

「……」

「でさぁ、北村くん。私、君のせいで授業サボることになりそうなんだよねえ」

「気にせず行けよ」

「気まずいじゃん! 授業中に教室入るとか! 私こうみえても恥ずかしがりやなの!」


 あ、今鼻で笑いやがったなあああ!


「私、サボるなんて人生初で…」

「……」


 北村くんはすっごい嫌そうに私を睨んできた。ふん、弱み握ってるんだから怖くないわ!

 私はにっこり笑ってやる。


「だから取引しましょ。この時間私に付き合ってくれたら全部なかったことにするから」

「やだね。バレるより面倒くさい」


 予想通りの即答。負けない! 私はもうこいつに責任取らせるって決めたんだから!


「いいじゃん、ちょっとくらい! 一人でやるより二人のが楽しいし!」

「は? 何を……」


 私が勢い良く背後のカバーを取ると、不良くんが言葉を失ったのがわかった。

 そうでしょう、そうでしょうとも!

 何しろここに隠してたのは小さいながらも高画質液晶テレビと、プレ◯テだ!!最新モデルだ!!


「何……ココ、ゲーム部…?」

「れっきとした天文部です。テレビはビデオカメラで星の観測したりするから、みんなでチェックするのに必要だし、天文関係のDVD観たりするからプレーヤー代わりにこれ使ってるの」


 表向きはね。両方とも、ちゃんと本来の使い方もしてますよー。これ本当は部員以外には秘密なんだけど。

 ゆくゆくはPCも部費で落として、快適なネット生活を送れる空間にしようと…おっとこれも部員以外には秘密なんだった。


「アイテム回収は二人の方が断然早いよね」

「うわっ…全キャラカンストしてんじゃねえか…レア武器覚醒させる為のアイテムってことか…相当やりこんでんなお前…」


 彼はついにコントローラーを手にした。

 このゲーム知ってる模様。よしよし楽に回収できそう。真剣にキャラ選択画面見ててすごいやる気満々だよ。

 今だけだからな、とか色々言ってたけど、それはむしろこっちのセリフだよね。


 ていうか、何気に素直なのね、北村周。不良じゃないの?

 なんて思いながらちらっと横顔を見ると、長い金髪の隙間から見える顔は整ってて、ちょっと、かっこよく見えた。


 ちょっとだけだからね!




 そんな感じで不良くんと遊んでから、早いもので一週間たった。

 あれからは一度も会ってない。時々屋上にタバコが落ちてたりもするけど、それが彼のものなのかはよくわからない。取り上げたのとは種類が違う気がするけど…詳しくないので気にしないことにした。というか、彼以外にもあの小窓を越えていく細身不良君がいるのかと思うとそっちの方が気になったし、部員たちにとっても笑い話でしかない。

 とにかく、私と彼が出会うことは無かった。ま、それが普通だよね。


「くぅー! やっぱり天気良いのはいいなあ。布団取り込むのもったいないな……」


 雲一つない綺麗な青空を見ながら、私は屋上へと向かっていた。今は昼休み。私は朝のうちに、学校泊まり込みセットの一つ、掛布団を屋上に干しておいたのだ! これで次の観測会でふかふか布団を堪能できる!

 放課後だと遅くなりすぎるから、昼休みにしまうのがベストなんだよね。

 ついでに今日はのんびりお弁当もそこで食べるつもりで、友達とは別れてきた。一応、本当は部員以外立ち入り禁止だからね。 望遠鏡とか高額商品だし。


「っと…あれ?」


 布団の一つが奇妙に盛り上がってる…。

 まさかと思って近寄ってみると、そこにはいつぞやの不良少年が眠っていた。


「あああああああ!」

「うわああああ!?」


 私が耳元で叫んでやると、北村くんは叫んで飛び起きた。ふっ…勝った。


「その布団、もうしまうから返してもらうね」

「あ、え、ああ…」


 寝ぼけているのか、彼は素直に布団から手を離した。そのまま、私がもくもくと布団をたたんでいるのをじっと見ている。


「何?」

「あ…何でも…」


 そっぽを向いてしまった。

 この素晴らしい青空の下だってのに、低血圧か、こいつ。不健康な生活してるからだぞ!


 そのまま私が部室に布団を片付けてまた屋上に出てくると、彼はぼーっと空を見ていた。

 そんなに空が好きなら、天文部に入ればいいのに。まあ部員数的には各学年10人くらいだし、一応足りてるんだけど。

 まあどうでもいいか、貴重な昼休みを無駄にできないわ!


 私は椅子を出してきてそこに座り、ランチ開始。

 まあ、パンだけど。

 彼はそれに気付いたようだけど、何も言わずにまた寝っころがった。


 上空を鳥が飛ぶ。雲が流れる。下からは生徒たちの喧騒が聞こえる。


「平和…」


 私はさっさと食べ終えて、部室の冷蔵庫からプリンを取り出した。窓のサッシに腰かける。


「おい…」


 今頃になって彼が言葉を発した。

 私は気付いていたものの、今はプリンの蓋を綺麗に剥がす方に集中していて返事どころではなかった。


「おい」

「私、おいなんて名前じゃないよ北村くん」

「……」


 蓋を剥がし終えて、私は満足しながら言ってやった。


「………鳴海」

「うそ! 覚えてたんだ?」

「アンタこの学校じゃ有名だろ」

「そうだっけ? で、何の用?」


 何で有名なんだろ…わからないな…あ、文化祭で校長に白鳥のコスプレさせた実行委員だからかな。


「それ、くれ」


 北村くんはプリンを指さしている。真顔だ。


「は? 嫌に決まってるでしょ」

「昼飯が無え」

「無いなら買えばいいでしょうが。一階の売店まだ開いてるよ?」


 私が即答したら、彼はもう諦めたのか、ため息をついた。もっと食い下がれば一口くらいあげるのに。


「じゃあそこどけ」

「何で」

「帰る」

「駄目だよ。部員以外は立入厳禁」

「はあ? この前は入れたくせに?」


 彼はかなり不機嫌になって怒鳴った。

 まあ何だ、美形は怒ってもカッコイイんだねえ。


「あれは私の暇つぶし要員という緊急措置だもん。部員になるなら良いけど」

「嫌だ」

「じゃあ午後の授業出るなら?」

「い・や・だ!」

「わがままなんだから…」

「どっちが!?」


 彼は酷く怒った様子でツッコミを入れると、強行突破にかかってきた。

 私が半分塞いでいる窓に乗り上げたのだ。当然だけど狭い。そしてプリンがこぼれそうになっている。


「ああっちょっと止めてよー! バランス崩れる!」

「じっとしてねぇと落とすぞ、コラ!」

「待ちなさいこの不良!」


 普段狭い小窓から出ているだけあって、北村くんは身軽らしい。暴れる私をものともせず、あっさり中へ入ってしまった。

 しかも、戦利品まで手にして。


「あああ! プリンが!」

「じゃぁな」

「くっ! それ食べたらちゃんと授業出ろよぉ!」


 彼は聞いてないんだか、返事しないでプリンを口に運びながら階段をおりて行ってしまった。

 ムカつくぅうう!

 私の食後の楽しみを返せええ!


「食べ物の恨み、覚えてろおおっ!」


 廊下で叫んだ為、私の声は階下の教室まで響き渡っていたのだった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 教室に入ると、ドアの近くの席でマンガを読んでた奴が顔を上げた。因みにそこは俺の席だったりする。

 問答無用で蹴り飛ばし、俺は久しぶりに席についた。


「あれ? 珍しいなお前が昼過ぎにいるなんて」

「…るせえよ。つぅか何読んでんだよそれ……少女マンガ?」


 蹴り飛ばされてもめげずに横の席についたそいつは、クラスの中では一番喋りやすい奴だ。


「カノジョに勧められたから読んでんの♪ やばいよマジ泣ける!なんか胸がキュン!ってなる!」

「あっそ…」

「つぅかお前こそ何でプリン食べてんだよ?」

「昼飯だ」

「プリンが? そんな好きだったっけ?」

「別に。買ったもんじゃねえし」


 あの変人女から奪い取ったものだし。

 あいつ、俺が腹空かせてんのに目の前で自分だけ馬鹿みたいに食いやがって……

 今日だって少ししか話してないのに、瓢々とし過ぎて怒鳴るのも疲れた。


「お! いたいた、シュウ! 前に話したよなーあのコが学校一カワイイと噂の鳴海ちゃん!」


 マンガを読む手を止めて、そいつが興奮気味に俺をつついた。

 一応目を向けると、さっきまで話していた女が廊下を駆け降りて行くのが見えた。


 別に、可愛くないとは思わない。長い髪も綺麗だし、声も高すぎず騒がれてもまあ聞いていられる。少し日本人離れした印象的な顔立ちは、噂ではハーフだかクォーターだからしい。成績も優秀で教師にも非常に受けがいい、らしい。全部、今俺の目の前にいる奴からの情報だ。

 俺とはまさに対極。

 が、その容姿が補っても十分におつりがくる超自己中な性格は非常に良くない。

 そもそも、俺が睨みつけて怯まなかった女は初めてだ。さっきもスカートだってのに惜しげもなく俺の前で足広げて座ってたし。変人以外の何者でもない。いや、変態?

 俺はそう結論付けて残りのプリンをすくった。

 まあ、このプリンはなかなか美味いから、味覚は合格だな。確か高いやつだよな、これ。


「な? な? カワイイだろ?」


 お前、カノジョはどうしたんだ。


「変人だけどな……」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもねぇ」


 夢見てる奴は放っておいて、俺は数学の教科書を取り出す。

 別に、あいつに言われたから授業に出る訳じゃない。数学は好きだから普段もわりと出席してるんだ。

 って、誰に言い訳してんだか……


 今日は俺の好きなバンドのライブがあるんだ。知り合いの伝手辿ってやっとチケット買えたから、ずっと楽しみにしてた。

 早く、放課後にならねえかな。


 授業が始まってからも、結局俺はそんな事ばかり考えていた。




 沸き上がる熱気と歓声。悲鳴のような声も上がっていて、曲に合わせて手がふられている。

 今はライブのまっ最中だ。小さなライブハウスだっていうのもあるかもしれないが、前の方なんか満員電車並みに人がひしめいてる。やっぱり凄い人気だ。

 俺も好きなそのバンドは、プロではないけどこの辺では一番人気だと思う。ライブも凄い迫力だし、歌も聴きごたえがあって、何より演奏がうまいんだ。特にギター。小柄で細い男なんだが、指が何本あるんだってくらい凄い巧い。

 俺もいつしか夢中になって曲にのめりこみ、気付けば最後の一曲が終わって、バンドメンバーが手を振りながら去って行っていた。

 しばらくぼうっとしてた俺だったけど、他のやつらが外に出ていく流れに巻き込まれ、そのまま外に出た。

 今日は真っ直ぐ家に帰るか。生で歌が聴けて今日は満足だ。たまには家でゆっくり余韻に浸るのもいいと思う。

 その前に飲み物買おう。

 ライブハウスの裏にまわってコンビニに入り、ついでに雑誌を立ち読みしてから冷蔵コーナーで飲み物を選ぶ。なんてことはない、コンビニに入ったら必ずやる流れだ。


「いらっしゃいませ」


 誰か来たらしい。店員の声を聞きながら俺はコーラを手にレジに向かう。

 すれ違ったのは、黒ずくめの集団。


「!?」


 今のって……!?

 振り返って確かめると、そこでお菓子を手にしていたのは、さっきまでライブをしてた、あのバンドのボーカルだった。

 何でここに、と固まってると、 隣の棚から誰かがやってきて彼に話しかけた。


「あ、ねえリョウ、このプリンもついでに買って」

「ああ? しょうがねぇなあ…」

「やったー♪」


 なんか、スッゲエ聞き覚えある声…。

 でも、そいつは明らかにギター野郎の格好で、男のはずなんだが……


「鳴、海…?」


 俺がつぶやいた名前。そうだ、さっきの声はあいつに似てる。

 すると、そいつは、昼間俺が食べたのと同じプリンを持って、きょとんとした顔でこっちを見てた。

 もう見間違えようがない。こいつは確かに、


「お前…鳴海なのか!?」


 嘘だろ!? 俺の憧れてたギター野郎があの変女!?

 ショックを受けてる俺の前で、そいつはいつも通りの瓢々とした態度のままだった。


「あらら。バレちゃったみたい。せっかく男装してたのに……」


 みたいだなあ、というボーカルののんびりした答えを聞き、俺は手に持ってたコーラを落としてしまった。




 誰もいない小さな公園の一角。ブランコに座って、鳴海は事情を話し始めた。

 ちなみに二人して同じプリンを食べている。口止料だと言われて押し付けられた。好きでもないのに一日に二個も食っちまったな。


「バンドやってるとこんな風に夜遅くなる事も多いでしょう? だから私だってバレないように男装して参加してたんだよね」


 しかも、他のメンバーは皆大学生。こいつは小学生の頃からギターを弾き始めて、中学生の時からバンドに入ってたらしい。

 優等生ぶってたのになんてやつだ……いや、別に悪くはないと思うんだが、


「…大変じゃねぇの、そんな生活」

「全然!! だって好きな事やってるし」


 キラキラした表情で鳴海は否定して、プリンの容器をゴミ箱に放り投げる。

 が、届かないで手前で落ちた。舌打ちして結局ゴミ箱まで歩いていき片付けている。

 ……馬鹿。


「親は何も言わねぇの?」


 俺が聞くと、鳴海はにやりと笑ってこっちを見た。

 何だよ、その悪い顔は。


「言わせないよ。その為に成績だって上位キープしてるし、部活も真面目にやってるし!」


 部活は嘘だろ。だってゲームしてたじゃねえかよ。しかも格闘系の。あんなにやりこんでるやつ初めて見たぞ。


「はいはい、さすが優秀な方は違いますね……」

「む、何か馬鹿にしてるでしょ! 言っとくけど私、勉強なんて大っ嫌いなんだから!」

「学年トップが何言って……」

「いい? 北村くん! テストなんて授業をちゃんと聞いてればあっという間に100点が取れるのよ!」

「はあ?」


 お前は今、全国の学生を敵に回したぞ?


「だって本当だよ。先生の過去の出題傾向や性格を元に授業聞いてれば、暗記科目だろうと出しそうな問題はすぐに導き出せるの。テスト前なんか特に、先生によってはやたら繰り返す問題が絶対出たりとか……まあ私は理系クラスだから、あとは公式覚えてれば楽勝だよね」

「………」


 その自信がどこから生まれてくんのか、本当に知りたい。

 俺が呆れ返ってると、鳴海はにこっと笑ってまたブランコに座る。そして上体を反らして空を見上げた。


「あ、そういやもうすぐ流星群が最接近なんだよ。知ってた?」

「さあ」

「ノリ悪いなあ…ぁほら、あの星座のあたり! 今流れた!」

「えっ」


 指差されて、俺は思わず見上げしまった。深夜になって、澄んできた空。この街結構星見えるんだな、と感心した。そして、視界を流れる光の筋。


「あっ…」


 俺たちは同時に声を上げた。同じ流星を見たからだろう。顔を見合わせたものの、何か恥ずかしくなって俺はすぐにまた空を見上げた。


「……星をさ」


 しばらくはお互い無言で星を見てたが、鳴海がぽつりと言った。


「星を、見てると……私、自分の人生なんて、何て一瞬の事なんだろって、思うことがあって……」


 俺は何も言わなかった。だってそれは、俺も感じていたから。空も、星も、大きすぎるから。俺が今ここで一人居なくなったって、どうって事ないって、そんな不安が横切るんだ。


「でも、だからこそね、私は私のやりたい事、毎日思いっきりやっていきたいの。私はちゃんとここで生きてたって、色んな人に私のギター聴いて貰って……私の事が心に残ってくれたら、いいなって思うよ」


 俺が何も答えないから、また二人して無言になった。

 けど、鳴海も俺が聞いてたのは、分かってて。答えを求めて話したわけじゃないっていうのも、なんとなく伝わってた。

 だから、ずっと星空を見上げる。

 時々、鳴海が指差して星座を教えてくれたり、今どっちに流れていっただとか、そんな話をしたりもした。


 暫くして、さすがにもう帰るって事になって、俺たちは立ち上がる。明日も学校あるし、そりゃあ、鳴海は大変だろうな。俺はいつも寝てるだけだけど。

 持ったままだったプリン容器をゴミ箱に捨てる。後ろでは鳴海がでかいギターケースを背負ってた。使い込まれてるケースだ。色んなバンドのステッカーが貼ってあって、それだけ交流があって、色んな経験をしてきたんだろうなと思って、俺とは別次元の人間なのを改めて実感する。

 こいつ、本当に凄いやつなんだな。変人だっていうのも撤回しないけど。


「俺さ……」

「ん?」


 何気ないように言うと、鳴海は俺をまっすぐ見上げてきた。そういやこいつには見下ろされてばっかりだったから、ちょっと新鮮な気がする。


「あんたのギター、俺……好きだ……から、だから……ずっと続けろよ」


 何しろ、ずっとファンだったんだからな……それはさすがに言わないけど。

 鳴海は凄く驚いたらしい。珍しくぽかんと口をあけてアホ面を晒していた。

 よく分からないが、勝った気がする。何かに。何にだろう。


「じゃぁな」


 笑いをこらえながら公園を出ようとすると、後ろから腕を引っ張られた。


「ぅわっ、何す」

「ありがとうっ!」


 涙でうるんだ目を隠そうともせず、鳴海は俺にそう言った。そして、凄く綺麗に笑って俺を見上げてた。

 なんかもう胸が痛いくらいバクバク言ってるし。

 今までになく近づいてるせいで、鳴海の髪からなんだか甘い香りがした。


「べ、別にっ…思った事言っただけだからっ」


 俺はすっかり動揺して、腕を振りほどいて必死に走った。

 どうすんだよ俺!

 すっげぇ恥ずかしい事言った気がする!!





「あれ?」


 教室の自分の席で寝ていていたら、後ろのドアからそんな声がした。

 嫌な予感しかない。

 振り返ってみると、やっぱり鳴海がいた。

 うちのクラスの女子に、辞書を借りに来たらしい。無事受け取ったあと、俺に再度微笑みかけた。


「ちゃんと授業出る時もあるんだね、北村くん」

「うっせ…」


 それだけだってのに、俺の心臓はもの凄いスピードで動いていた。

 あの夜から俺、変だ。

 最近屋上に近寄らなくなってきたのも、行くとこいつに会うかもと思って避けてるから。

 なんかこう、会いたいような会いたくないような、変な気分なんだよな。

 まあ、そりゃそうか。

 憧れてたギタリストが実は同級生で変人女でしたなんて分かって、どうしていいか分かんねぇんだ、俺。

 けど鳴海はおかまいなしに話しかけてくる。


「ねえ北村くん、今日部室においでよ。体験入部に」

「は? 誰が行くか!」

「照れない照れない。良いもの見せてあげるよ。待ってるから!」

「おい、こら!」


 それだけ一方的に言うとあいつは行ってしまった。

 本っ当に自己中だなあいつは!

 結局放課後、俺は天文部室前に来ていた。

 あの笑顔には何でか逆らえないんだよな……


 中はけっこう騒がしい。部員がいるらしい。入るに入れず戸惑ってると、いきなりドアが開いた。


 ごぃんっ。


「い゛っ…!」

「あ! ごめん、いたんだね!?」


 お約束のようにドアに頭突きを食らわせてしまい、俺は額を抑えてしゃがみこんだ。

 鳴海が慌ててしゃがんで俺の額を覗き込む。

 ち、近い…!


「大丈夫? ここのドア頑丈だから…」

「平、気、だ…!」


 鳴海はそう、と返してきたものの、全然信用してない顔をしていた。仕方なく俺は話題をふった。


「で? 何すんだよ?」

「ああ! 体験入部ね!」

「……入らないからな」

「もう分かってるよぉ」


 また全然信用してない顔で鳴海が言う。無性に泣きたくなった。


「や、実はもうすぐ文化祭でしょ? うちの部今年からプラネタリウム作って出す事になったからさ、試しにお客さんに来て欲しかったんだよねー。はい、ここでーす!」


 意外と広い部室の中で、一角だけ暗幕が張られている所がある。幕を開けて中に入ると、そこには既に何人か座っていた。


「みんな、お客さんだから特等席開けて!」


 鳴海が声をかけると、マットの一部が開いた。座れ、という事らしい。


「実際の展示になったらイス出すけど…今日は座って我慢してね!」


 ここまで来たら、いちいち逆らうだけ馬鹿ばかしくて、俺は素直にマットに座った。

 小さな照明も消えて、一瞬真っ暗になる。

 だがすぐに、ドーム型の天井一面に星が映し出された。すげぇ本格的。周りも静かに見上げてる。機械のジーって音が響いていた。


「それでは、プラネタリウムの上映をさせていただきます」


 鳴海の綺麗な声が聞こえてくる。

 始めは一つ一つの星座の説明も聞いていたのだが、段々耳をすり抜けていった。

 元々集中力、無いんだよ俺は…!

 そして何より。

 俺は流れてくる鳴海の声に、ただひたすら聴き惚れていた。


「でさ、正直な所、プラネタリウムどうだった?」


 帰り道、何故か駅まで二人で行く事になり、俺たちは並んで歩いていた。

 鳴海に聞かれて、俺は答える。


「……良かったんじゃねぇの? まとまってたし」


 誉めたのに、全然納得いかなかったらしい。鳴海はじとっと俺を睨んできた。


「それ、さっき部室でも聞いた! 私はもっと正直な感想が欲しいの! 途中からなんか心ここにあらずって顔してたよ?」


 み、見られてたのか…!

 俺は恥ずかしくて顔を反らす。絶対アホ面だったに決まってる。


「あれはその…えーと…」


 鳴海は期待に満ちた視線を送ってくる。止めろ、こっち見るな!


「なんか……ナレーション、お前じゃねぇ方がいいかも」

「は?」

「だ、だから! お前の声……眠くなる……」


 怒ると思ったが、もう言ってしまった。正直に聴き惚れてましたなんて言って引かれるよりマシだよな。

 鳴海はしばらく黙っていた。俺がそうっとそっちを見ると、いきなり大爆笑し始めた。


「な、なんだよ!?」

「アハハハハハ! 面白い! 北村くん本っ当に面白いよね!」

「うるせぇ! お前に言われたくねえ!!」

「オマケに不良なのに良い奴だし!」

「なっ!?」


 不良が良い奴よばわりされて嬉しいものか!!

 怒る俺と笑いっぱなしの鳴海は、そのままの状態で駅まで言い合いを続けた。




 文化祭はあっという間に終わった。俺は適当にクラスに付き合って、あとはだらだらサボって過ごした。


 そして、片付けもすっかり終わって、期末テストに向けて教師たちは気合いを入れまくっている。

 数式を写しながら、俺は鳴海の言葉を思い出す。

 授業聞いてりゃ100点なんて言ってたが、俺には無理だ。もう眠い。

 部室でプラネタリウム見てから、あいつとは全然会ってない。どうしてんのかな……

 かと言って、連絡先なんて知らないから、俺は悶々とするだけだ。


 そもそも、あいつが俺をどういう位置付けして接してんのか、いまいちよく分からない。

 正面きって拒まれる事はない、だろうけどな……


 俺が何とかノートを書き終えた時、終了のチャイムが鳴った。

 数学はうちの担任だ。宿題回しとけよ〜、とプリントを配っていく。そして、何故か担任は俺の所まで来た。数学担当だってのに、身体鍛えるのが趣味っていうムキムキな奴だ。目の前に立つなよ、圧迫感凄いだろうが。


「今日は一日授業参加してたな。どういう心境の変化だ?」

「別に……」

「ハハハ! こりゃ今日は嵐かもなあ」


 担任はへたくそな鼻歌を歌って職員室へ去っていく。

 なんだあいつ…気持ち悪ッ!

 けど、ホームルームを終えて昇降口に来た俺は愕然とした。

 すっげえ雨降ってるし。

 何コレ…本当に俺のせい?

 傘なんて持ってない。売店は昼休み終わると閉まるし、一番近いコンビニは駅前だ……おさまるまでちょっと待ってみるか。暇だったから体験って言えば、また部室、入れてくれるかな……


 そんな事を考えつつ、気分良く回れ右したら、目の前の階段を降りてくる生徒が一人。


「ん?」

「あ……」


 鳴海だった。俺に気がつくと、笑顔を浮かべて近づいてきた。


「久しぶりだね! 元気だった?」

「別に……変わらないけど」

「そ! 良かった。にしても酷い雨だよね。おかげで部活も中止ー」

「あ……」


 そうか、雨だと天体観測出来ないからな。そんな簡単な事にも気づかなかった俺って……

 がっくり肩を落としていると、鳴海はさっさと靴に履き替えて、傘を開いた。

 俺を見てにっこり笑う。


「どーせ、傘無いんでしょ。駅まで入れてあげる」

「そ、そんな恥ずかしい事…!」

「じゃあ濡れて帰る? ずぶ濡れで電車はマナー違反だと思うけど」

「……コンビニまで」

「りょーかい!」


 鳴海がスペースを開けて傘を掲げたので、俺は少し身を縮こませてその下に入る。鳴海の背は俺の肩くらいまでしかないから、傘を掲げてるのは辛そうだ。


「……傘貸せ」

「え? あ……ありがと」


 外に出ると、視界が遮られるほどの強い雨に襲われた。これは、傘があってもけっこう濡れるなあ……

 俺がぼんやり考えながら歩いていると、横で鳴海が言った。


「北村くん、文化祭見に来てくれなかったよね。待ってたのに」

「ああ……」

「……最近全然屋上も行ってないんでしょう?」

「まあ……」

「嫌われたかなって……」

「えっ!?」


 鳴海はうつ向いたままだ。俺は焦って言葉を探した。


「別に……ちょっと授業出てるだけだ! テスト前だし……」

「そうなの? じゃあこの雨って北村くんのせいだった?」

「おい!?」


 今の発言はうちの担任と同レベルだぞ!?

 俺が怒って返すと、鳴海は声を上げて楽しそうに笑った。

 けど、その様子はなんか違和感があった。


「? お前なんか疲れてる……?」

「え!? 何で?」

「いや……なんとなく」


 勘だけど、と付け足したら、鳴海は苦笑して俺を見た。


「北村くんの勘は鋭いねぇ。ちょっと、最近寝不足で」

「何で寝てないんだよ」


 ゲームのやり過ぎとか? 俺なんか授業中にもけっこう睡眠取ってるぞ。


「だってまたライブがあるんだもん。練習したいけどテストも近いし」

「もう十分ギターうまいと思うけど…?」

「えへへ、ありがと! でもね、新曲出すから、そのお披露目も兼ねてるし気合い入れてるの。ねえ、ちょっと遠いライブハウスなんだけど、観に来てくれる?」

「マジか! 行く!」


 また生で聴ける上に新曲だと!?

 思わず即答したら、鳴海は意外そうに俺を見上げてから、にやにや笑った。


「何だよ?」

「ううん、北村くんがそんなにファンだったなんて知らなかったなって」

「うっ…良いだろ別に…」


 あのかっこいいギタリストが男だと思って憧れてたんだけど……今は、何て言うか、もういい加減自覚はしてる。

 俺の気持ちに気付いてるのか、そうじゃないのか分からないが、鳴海は照れ笑いを浮かべていた。


「じゃあさ、チケットは明日持ってくるよ」

「ああ」


 そうしているうちに駅前についた。コンビニは駅前の交差点にある。こっからだと、駅とは離れるが斜めに横断すればすぐに着く。

 雨も若干弱まったし、ちょうど青信号が点滅してたので、俺は鳴海に傘を返した。


「じゃあ明日よろしくな」

「あっ」


 俺は走って横断歩道を渡る。鳴海が後ろで何か言ってたけど、ドキドキしてた俺にはよく聞こえなかった。


「もう待ってってば! 私もコンビニいくー!」


 大きな声がして、俺はさすがに振り返る。その時既に、俺はコンビニの前に着いていた。

 鳴海が走ってきている。


 俺は何か言おうとして──


 大きな音と共に、鳴海の姿が消えた事に、驚いて目を見開いた。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ほんの数日なんだけど、北村くんと会ったら久しぶりって感じがした。

 何気に、彼と話すのは楽しみなんだよね、私。

 だから、別に用もなかったけどコンビニもついて行こうと思って。

 私は横断歩道を走ってた。


「あ…れ…?」


 気がつくと、私は倒れていた。雨が冷たい。体が、痛い。人が集まってきて、騒がしい。


「鳴海!!」


 北村くんの声がして、雨が止んだ。彼が私を覗きこんでいる。

 今まで見た事のない、焦った表情だった。


「わ…たし…」


 そうか。車にはねられたんだね。


「鳴海! 動くな! 救急車呼ぶから!」


 はねられたって自覚した途端、心臓の音が近くなった。息が上がる。


「鳴海!」


 北村くんが必死に私を呼んでいる。泣いてるの? それとも雨?

 大丈夫だよ。私、いつ死んだって平気ってくらい、毎日楽しく過ごして来たもん…だから、大丈夫。


 って、思ってたんだけどな……


「北村く……」

「な、何だ!?」

「……私の……下の名前…呼ん……」

「……麻衣」

「うん…」


 ほら、やっぱり覚えてくれてた。なんか、凄い嬉しい。

 ギター誉めてくれた時も、凄く凄く嬉しかったよ。続けろよって言ってくれてどんなに勇気付けられたか分かる?

 不良のくせに実は素直なところとか、すぐ赤くなるところとか、けっこう優しいところとかさ……


「麻衣っ!麻衣死ぬな! 頼む!」


 出会った時、いつ死んだって後悔しないとか偉そうな事言った気がするけど。


 私、今、死にたくない。

 もっと一緒にいたいよ。

 私、馬鹿だね。


「…周…くん」

「麻衣!」


 彼が私の手を握ったのが分かった。

 今、私うまく笑えてる?

 嬉しいよって、伝わってる?


 もう、わかんないや…。

 凄く、眠い。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 時間は、流れて。


 俺は通い慣れた道を通り抜け、真っ白なドアを開ける。

 機械に囲まれて、彼女は眠っていた。

 事故の後、鳴海はずっと眠り続けている。脳死ではなく、ただ、ショックが大きくて目覚めないようだとは、聞いた。


 椅子に座ると、すぐ横の花瓶に真新しい花が生けてあるのに気がついた。今日も昼間のうちに誰か来ていたようだ。

 俺があっという間に惹かれたように、こいつを気にかけて心配してるやつはたくさんいる。

 そいつらに会うのは辛くて、俺は面会時間ギリギリに来て、少しの時間だけ彼女を眺めて帰る。そんな生活が続いていた。


 あの時、俺が無理に信号を渡らなければ。もしくは一緒に渡っていれば。

 絶対違う未来になってたはずだ。

 あの日、病院で彼女の両親にも会った。

 俺はひたすら謝って、けど、俺を責める言葉は一回も聞かなかった。

 それが、余計に辛い。


 もし。

 もし神様が、いるなら……

 俺が代わりに逝くから、こいつを目覚めさせてくれよ。俺なんかより待ってる奴が、たくさんいるんだ!

 そう願わずには、いられない。


「鳴海…」


 静かに眠り続ける彼女。見つめていたら、また胸が締め付けられた。

 おそるおそるではあったけど、白い手を握ってみる。

 大丈夫だ。ちゃんと、温かい。こいつはちゃんと生きてる。

 その温かさは安心できて、俺は何だか眠くなってきた。ベッドの端に頭を乗せる。本当俺、どこでも寝れるよな……


「…麻衣」


 屋上で会った時、突然人生観について語ったよな?

 俺、その考え方だけは、理解できない。

 いつ死んだっていいなんて、そんな生き方は変だ。

 後悔しない事なんてないのは、当たり前。だって俺ら、まだ子どもだぜ?

 俺は頭悪いから、何が間違いで正しいかもよくわかんないけど。

 でも、この気持ちだけは正しいと思ってる。


「麻衣…好き、だ…」


 俺はそれだけ言って、手を握ったまま目を閉じた。

 こうしてたら、夢で会えるんじゃないかな……


 って、俺も最近少女マンガ読み過ぎか。しょうがないよな、前の席の奴がやたらと勧めてくるし。

 いつものごとく睡魔に負けた俺は、あっさり夢の世界に旅立った。





 そう。

 耳元で大声出されて結局椅子から転がり落ちそうになるなんて、その時の俺には全然考え付かない事だったんだ。


「………こ、の…っ」


 それでも、ギリギリ踏ん張って、繋いでた手を離さなかった自分を、俺は初めて誉めてやりたいと思った。






 完。


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