95.【ダリアの花】
燃え上がった闘志を心に灯した瞬間。絶望と共鳴するように深く沈んで居た魔力が、活力とともに舞い込んできた。ダリア・エリセンの魔法適正、それは時空魔法の亜種。自分がどこに、どう打ち込めば攻撃が通るのかを、時空を歪め、未来を見ることで予測、自分が今1番与えられるダメージの多いところへ光の魔力を見せてくれる。
魔法名、時空の剣舞。エリセンの家系に代々受け継がれてきた魔法だ。輝く魔力は絶望を切り裂く道となり、続く剣撃で相手の命を刈り取る。まるで舞を踊るように迷いのない剣技を、人は剣の舞と称した。
全てのこの戦場に戦ぐ戦士たちが、肌が泡立ち、ピリピリとした空気を作り出すほどの殺意を瞳に宿している。
「返り討ちだ。」
ダリアの剣が音を立てる。鉄の擦れる音が戦場を駆ける。生ける者たちの耳に届いたその音が、2度目の開幕の音になる。
咆哮する戦士たちが地面を蹴り、疾走するその戦士たちにイラが手をかざす。向けられた手には悪魔のような手の幻影が見え、点滅するそこから黒く焼き尽くす炎が巻き起こった。イラの手中にとどまるその炎を、彼は上空に放った。
「っ!?」
青く澄み渡り、白い絵の具が垂らされたように流れて居た雲が、一瞬で爆炎に飲み込まれ、青と白が一瞬で黒へと変わった。光が遮られ、粉塵が舞い落ち、世界が暗く闇に閉ざされてしまったのではないか、と錯覚してしまいそうな漆黒が戦士たちの足を止めた。
ここで無闇に駆け出し味方を斬れば、混乱が混乱を呼び、阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がるだろう。それが分かっている彼らは動かない。動けない。
「お前らが知ってる大罪囚ってのはさ、アカネ辺りだろう?あいつはこそこそするタイプじゃないからな。」
暗闇に響くイラの声。擬似的な夜を作り出したその男は、何も攻撃をしないまま語りかけた。
大魔石を収集して、その貪欲な強欲を気に入ったマモンに大罪囚にされたアカネ・アワリティアは、その大魔石の収集という目的から、人に見られることが多かった。ほかの大罪囚のように、バルバロスに引きこもって居たり、見た者全員皆殺しにしたり、力を最大限見せて居なかったり、そんなことがない。つまり、この世界の住人は、大罪囚の手数を知らない。
「なんで傲慢の野郎が引きこもってんのかが分かんねえが、お前たちの知ってる強欲は、大罪囚の中で最弱。他の奴らの実力を知らないだろう。」
「なにを・・・」
「俺たち大罪囚ってのは、大罪悪魔の力と、大罪囚の力、そして、それを合わせて悪魔を武器にして一緒に戦う3つの能力がある。」
暗闇の中で、視界がなくても分かる。皆が、困惑している。殺せる所で殺さず、自分たちが不利になるような事を話す。その意味も分からないし、その真実も信じられない。
「って事を知った上で、数えてくれ〜。悪魔の武器化、炎の具現化、さぁ、今何個だ?」
暗黒に囚われる全員の背筋に、冷や汗が伝った。その質問の意図を、分かってしまった。分かりたくなくても分かってしまう。その絶望の中で、誰かが口に出した。
「あと・・・・・・ひとつ」
これまで口に出されていなかった絶望が、視界の不安定さに比例して具現化し、大きくなっていく。恐ろしい想像が脳内を駆け巡る。
カガミの場合、この能力を開示した上で逃げ道を作り、そこにピンポイントで背中を撃つ戦術、強者にのみ使える戦い方をするのだが、このイラにそんな小賢しい戦い方をする選択肢はない。
この男が純粋な戦闘力だけなら大罪囚の序列2、3位にいるのは、凶暴性からだ。
「存分に楽しめよ、フルコースだ。」
刹那。漆黒を塗りつぶす赤い輝きが迸り、即座に消え失せる。輝いて生み出されたものを、近くにいたものだけが目撃した。ゆっくりと具現化していく武器、バーサーク。悪魔の形から姿を変え、鮮やかな紅の剣を、イラが満面の笑みで持っていた。
バーサークを高く掲げる。まるで何かに呼びかけるようにそれを掲げ、何かを集めるように刀身を小さく揺らす。
「づっ!!」
雷鳴の如くバーサークに何かが突撃し、貫通する膂力が地面を這い、ひび割れる大地から噴煙が噴き出した。遅れてやってきた爆音と風圧を必死で耐え抜き、何か起こったのか分からない全員がイラを見る。
まだ、なにも起こっていないのに、全員がイラを見た。
バーサークに、血が付いていたような気がした。
「ぐぁぁぃあぁぁあああぁ!!!」
悲鳴が上がる。
「何がっ!やめ・・・てくれぇえええ!!」
懇願する声に気を良くしたように、痛みは強さの波を増して襲ってくる。
「腕が、足がぁああ!」
突如斬り落とされた四肢を見て、血に塗れながら絶叫する。
「嘘・・・だろ?」
バッサリと首を斬られ、断頭台の上の如き光景が広がる。
この闇の中で、この謎の力が、闘志を燃やす英雄たちを蹂躙した。何かひとつの特定の能力じゃない。傷が深い者もいれば、驚くほどに傷が浅い、ない者もいる。かといって、傷がないのに倒れる者もいないわけではない。この世界中のあらゆる痛みが襲ってきたかのように、多種多彩な傷を負い、数えきれない死に方をし、蹂躙された戦場に、ダリアは佇んでいた。
戦場に撒き散らされた血の色は、かつて見た赤いダリアの花に似ていた。