92.【イラ・ダルカ】
短いです。すいません。
英雄になることを望み、自ら下層に下りた貴族の子供がいた。いなくなった子の名はダリア・エリセン。
昔から英雄願望が強く、とても上層に生きる人間とはいえなかった。けれど、エリセン家には優秀な人材が未だいた。ダリアの存在は別に必要ないとでも言うように、エリセンが落ちぶれることはなかった。
なんていう事を伝えたかったのか、衛兵として鍛錬する僕に、エリセンは呪いのように手紙をおくった。お前はまだ逃げられていない。そんな恐怖すらも抱くようになった。エイセンに恐怖を抱いたのは、それが初めてではなかった。
まだ僕がエリセンにいたころ。翼をもがれた鳥を見つけた。まだ純粋な正義感を人並に兼ね備えていた僕は、世間の厳しさなど知らぬものかと家に持ち帰った。
開口一番叩きつけられたのは罵詈雑言の嵐。なぜ罵倒されているのか、どうしてそんな目で見るのか、それすらも分からないまま、されるがままに詰られた。
「翼をもつ生物が羽を失えば、それはただの異物だ。」
そんな言い訳を並べてはいたけれど、それは血まみれの死骸を持ち帰ったのが気に入らなかっただけだろう。汚い血で汚された床と軽蔑の眼差しで僕を見る母は、まったく同じもののようにみえた。
今思えば、そのころから、もう、僕が上層から逃げ出すのは、決まっていたのかもしれない。
今そんなことを思い出したのは、目の前に現れた大罪囚が放つ殺気が、予想をはるかに超えていたからだろう。衛兵が入り乱れ、魔法が炸裂し、剣撃の旋律が奏でられる。幾度となくベテランの衛兵が決死の特攻を重ね、それらが束となって第5都市区を守ろうと咆哮している。
が、いくら歴戦の剣士が肉薄し、魔道士が魔力を紡いでも、イラの体にはただのひとつも傷はつけられない。イラは自身の適応武器であるバーサークさえも使っていない。なにも持たない無手の状態で、第5都市区の最強戦力をおさえている。
「わらえよ雑兵。こんな愉快なときにそんな顔してたら」
憤怒の大罪囚イラ・ダルカが口角を盛大に歪める。
「死に顔が辛気臭くなっちまう。」