91.【最弱少年の希望終末】
「気付いた?」
「うん。姉様も?」
「そう。呼ばれてる。あたしも、カンナも。」
一見幼女に見える2人の少女。2人とも綺麗な薄い赤色の髪で、溢れる気品が抑えられていない。そう、この一見幼女に見える2人は、本当にただの幼女。まだ10歳前後の2人の少女に、その2つの都市は預けられていた。
正式名称、第五都市区。通称、アンナ、カンナ。
この都市は不思議な構造をしている。円形に作られた都市は、中心に行けば行くほど高くなり、その高さによって身分が分かるようになっている。上層が下層に行くのは簡単だが、下層住民が上層へと行くのは難しい。そのため、厳しい差別はなくとも、その層別に施設の充実度が違うため、身分差というものをやんわりと見えないように表しているのがこの都市だ。いや、これなら普通の都市だろう。
この都市は、三部分で構成されている。中央都市区、右翼都市区『アンナ』、左翼都市区『カンナ』。全てが先に説明したのと全く同じ構造で、中央都市区だけ規模が小さい。つまり、大きさは違えど、全く同じ都市が3つ並んでいる。そこは、そんな変わった場所。
ーーー第五都市区。
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巨大な結界が、覆っていた。そこまで大きすぎる結界を、そこまで厚く作っても、聖約によってもたらされる恩恵がマナをつきさせない。さらに、結界の質を変えたため、カガミたちが侵入してきた復興区画を覆っている結界は壊されない限り存在し続ける。カガミの最大放出火力をもってして壊せなかった結界のため、相当のことがない限り壊れない。カガミをその中に閉じ込めたとしても、相当の時間を稼げる。さらに、巨大な結界のため、自分が閉じ込められていることさえ気付かない。気付くまでの時間を考えれば、まだ時間を稼げる。
そして、
「アキト・・・勝算は・・・あるのか?」
血を吐きながらアキトに勝てるのかをファルナが問う。
カガミが何かをしている間にできた時間で、ファルナと会話し飛ばしてもらう。第五都市区が危ないとか、テレポートしたところで勝てるのかとか、そんなことはどうでもいい。今、この瞬間で足掻かなければ、絶対に後悔する。諦めて後悔するより、諦めないで後悔するより、諦めないで、足掻き続けて、死ぬほど走り続けて、脳を使い続けて、そして、後悔なんてしなくていい世界、ハッピーエンドを掴む。
それが、最弱の求める勝利。
すなわち、伝えなければならない。
「勝算は全くない。だが、勝つことだけは約束する。」
「・・・分かった。使おう。」
ほんの少しだけ思考を巡らせ、導き出した判断は使用。その判断には、最弱が命を賭して築き上げ、得てきたものたちが働いたはずだ。この判断には、最弱を認めてくれたということが、しっかりと織り交ぜられている。
「転送してほしいのは俺とアミリスタ、」
アミリスタの頭を撫でて目で指し示す。それを見た少女が大きく頷き、決意の瞳に笑みを返す。
「あと、ヴィネガルナとリデア、そして、あの赤い奴。」
トラウマになりそうな襲撃を仕掛けてきたその赤い影。正直下手なホラーゲームよりホラーだったと戦慄していたが、そこには命の重みもこもっていたのだ。シートベルトの無いジェットコースターが別の意味で怖いのと一緒だ。
とにかく、そのメンバーで転移してもらうのは、魔石の街、第五都市区。
「アキト。頼んだ。」
「頼まれた。」
ファルナがアキトの胸を短剣で貫いた。緑の魔力が体に吸い込まれ、爆ぜる精神と激情の滝が濁流に呑まれ無くなる。自分が自分で無くなってしまいそうな、けれど、繋ぎ止めてくれる手があった。アミリスタの暖かい手が。
黒くブラックアウトした視界が再び明るくなった時。
「いらっしゃいませお客様。」
「ようこそ、第五都市区へ。」
慌ただしく動く完全武装の集団たちの真ん中で、明らかに場違いな美幼女2人が腰を折る。イラを討伐しに走る武装集団の中で、その幼女2人は、招待に応じたアキトに律儀に挨拶をしたのだった。
アンナとカンナ。
ーーーーー
上層に住んでいて、いいことは沢山ある。美味い料理が食べられるし、綺麗な服で生活ができるし、毎日暖かいベッドで寝て、命の危険も無しに生きられる。けれど、そこには重圧が付きまとう。
お前は期待されている。お前はそれに答えないといけない。お前は恩を返さないといけない。そんな無言の重圧と、命の危険を伴いながら英雄の可能性を秘める下層の生活。僕は、英雄になって見たかった。みんなが笑っている顔を、重圧を与え続けてきた恐れているその人たちの賞賛を、自分のために救われたという人々の暮らしを。
だから、金だけはあった僕は、持てるだけの紙幣と勇気をかき集めて持って行き、ショーケースに命を刈り取る武器が並ぶその店へと走った。何日もそこに通い、若いからといって態度を変えない一流の職人と武器を作った。自分に最も合い、自分が生きていける武器を。
そして、出来上がった剣は、莫大な資産をつぎ込んだだけあって、駆け出しの衛兵である自分にはもったいない宝剣になった。
そのまま時はたち。やっと、英雄になれるチャンスがやってきた。大罪囚、イラ・ダルカを倒せるチャンスが。