82.【境界戦】
風邪を引いてるのに友達とバドミントン三時間やるっていうアホです。いつも一時間くらいで書く小説が三時間ぐらいかかりました。
斬り付けられた衝撃。ダメージは無い。服の内に巡らせている鎖たちが束になり、アキトのブレブレの剣筋を防いだ。けれど、この最弱に攻撃を決められたという事実に、ラグナは驚きを隠せなかった。敵である自分を助けようとして、知らないはずのシャリキアの名を呼んで、圧倒的な力を持つ自分に抗おうとしている。
アキトへの警戒を最大限引き上げる。鎖に纏わせることによって威力を増す魔力。風属性以外の魔法適正が平均に届かないラグナの魔力は、顕現魔法という絶対的な力に纏わせることで威力を増す。
駆け出したアキト、どこかに逃げるつもりだろうが、すぐに追いつく。魔法準備のために追わずに魔力を纏わせる。
練り終わった最大限の魔力を鎖にそれぞれ纏わせる。雷の鉄槌が、アキトを殺しにいなないた。
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魔力で作り出した氷結の盾が燃えた時、溶けててきた水は作り出した者の魔力でできた水、と世界に認識される。
つまりは、作り出した魔力の物が変化した時、変化したその物体は魔力として操れる。
魔力で氷結の盾を作り出す。燃えて溶けた水は自分の魔力、それを操って戦う戦略を、ウルガはしていた。その記憶を、アキトは知っている。その記憶を、アキトは見た。
「諦めたか?」
「いや、最後に忠告しておこうと思ってな。」
訝しげに眉をひそめるラグナ。異世界水道が水を大放出している。水浸しの民家とその入り口に佇むラグナ。アキトは奥で剣を持って立っている。無論、諦めなど微塵も無い。
「この興都は、ファルナが築きあげてきた国だ。国民のために作り、国民と共に繁栄してきた国だ。」
「それがどうした。」
「境界線なんだよ。」
かつてのファルナはラグナを第1に考えていたかもしれない。けれど、今のファルナは一国の皇。多きを助け少を斬る判断をしなければならない。それが皇の役目だから。そして、ファルナがこの国を愛しているから。
「ここまでファルナが作ってきた国、愛してきた国だ。いくらお前がファルナにとって大切な存在でも、最高の弟でも、この国に手を出すってのは境界線を超えるってことだ。」
「何が・・・」
「ファルナに受け入れられる境界線を超える。この国を滅ぼすのはそういうことだ。」
どれだけ悪事を働いてきたとしても、その罪を償って、その心を入れ替えれば、ファルナはラグナを受け入れてくれる。けれど、彼が皇となったこの国を壊すということは、もう許せる範囲を超える。超えてはならない境界線を超えるということだ。
「留まるならここで、こちら側に来い。もしも自分から幸せを手放すんなら。」
「・・・」
「全力でかかって来い。」
自分でも驚くような声で、静かに冷酷に決戦の火蓋を切った。
きっとラグナはここで留まれない。彼の心はあの決別の日から変わっていないから。幸せを手放したく無い心と殺意に揺れ、選択できない。選択できずに葛藤し、堪えきれずに。
暴走する。
赤熱化した魔力の刃が鎖を覆い、炎と雷が嘶く。アキトを殺そうと鎖が射出される。それは、ラグナが放つ攻撃の中で、1番強く、1番速く、1番悲しい一撃。これから一生この攻撃に勝る力は出せないかもしれない。
けれど、アキトは知っている。
ーーー心臓を狙ってるよ?
この言葉を思い出す。カーミフス大樹林の景色の中で、放たれたる鎖たち。それは、確実に狙える心臓を狙っていた。つまり、今回もそこに打ち込んでくる。
肉眼でも感覚でも捉えられない。けれど、全身が叫んでいる。経験した体が全ての細胞が、そこにくると、そこを避けろと、咆哮している。地面を蹴り、その一撃を避ける。知っていても速いことに変わりはない。赤熱化した鎖がアキトの左腕を少しだけ抉り取り、突き刺さる地面から水しぶきが上がった。
熱によって蒸発する水、雷によって泡出す液体。現在この民家の中には、ラグナによって作られた魔力が漂っている。
熱魔力が水と混ざり合い、蒸発し、雷が液体に入り込み、泡立つ。充満しているのはラグナの魔力の粒子たち。この民家の中には、制御できないほどのラグナの魔力がこもっている。
「準備オッケー、おらっ来い!」
剣を振りかざし壁を叩き斬る。アキトの残念な剣の腕でも斬れる剣は一級品だろう。その一級品の秘剣で開いた穴から転がり出る。追ってくるのはラグナではなく鎖。もちろん魔力が込められている。ぽっかり開いた穴から離れる。さっきと同じ魔力をラグナが込め始める。そして、
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
全てを置き去りにして衝撃が全身に叩きつけられた。音が聞こえない景色も見えない。明るすぎて目がおかしくなっている。けれど、作戦は成功した。ラグナの心とアキトの狡猾さのふたつがあわさらないとできない作戦が、成功した。
空中に霧散した魔力たち。それは、ラグナが一生に一回撃てるか撃てないか、そんな魔力が込められていた。そして、その魔力に向かって更に炎を叩きつけた。鎖に纏われるはずの魔力は空中の魔力と同化、散りばめられていた火の魔力が発動。全てを吹き飛ばす大爆発を引き起こした。
散り散りになった瓦礫の中にそれを見つけ出し、近づいていく。
「大丈夫か?」
声をかけてやれば、その影はゆっくりと苦しそうに起き上がり、倒れた体をアキトに支えられた。
「お前・・・こ・・・こまで・・・計算して・・・?」
「シャリキアに頼まれた。お前を助けてほしいってな。」
「しゃ・・・りきあ・・・が?」
瞳を見開き血まみれの体が震えた。シャリキアが自分を助けるとは思わなかったのだろう。
それでも。
「お前はもう戦えない。この境界線に留まるしかない。良かったな。」
ラグナの表情には、もう必死さがない。それは、憑き物が落ちたような清々しい表情で、
「あ・・・りが・・・とう。」
意識を手放す直前、無意識に言った一言は、シャリキアへの本心だったのだろう。