77.【罪】
もし、カガミの能力をかんがえるなら、着目する点は2つ。1つは、ファルナの攻撃を避けきった後の言葉。2つ目は、ファルナとカガミの1度目の邂逅、あの荒野でのカガミの行動。
「簡単に言うとさ、俺のこの顕現魔法はさ、使い勝手の悪いカウンターなんだよ。」
「カウンター?」
「あれ?知らないのか、カウンター・・・」
どれだけ考えてもわからない。カガミの遊び、はたまた強者の余裕か、それとも、アキトによってそのうち暴かれるのを知っていて、隠すのを諦めているのか。カガミは、貴重な情報である能力を隠すのに頓着していないようだった。
「まあ、要はさ」
カガミが顕現魔法によって顕現させた魔法陣を指差した。しなやかな指先が指す魔法陣。それは、何色、と断定しがたい不思議な、不気味な色をしている。それが引き起こす魔法。
「この魔法陣は、触れた攻撃を解析して、魔力を使って再現するんだ。」
「は・・・?」
ファルナの脳裏に鮮明に浮かび上がる敗北のビジョン。
この能力は、あくまで解析。攻撃を吸収して返すわけではない。つまり、攻撃を避け、そのうえで魔法陣に触れさせないといけない。通常なら使いこなすなど到底不可能な代物だが、ファルナの一撃即死の攻撃を避けているカガミならば、この能力を使いこなせるだろう。
と、するのならば、辻褄が合うのではないだろうか。かすかに残っていたアケディアの魔力。そのアケディアが居たと思われるそこにいた魔獣の能力を荒野で放っていた行動。
「アケディアの力で魔獣を放ち、その魔獣の攻撃を解析。あの荒野でバラバラだった解析したエネルギーを1つの魔方陣にまとめた。」
ファルナが初めてカガミと出会った荒野は、既に実行中だった作戦の下準備、最終段階だったのだ。ファルナにとっては初めての邂逅は、カガミにとってはもう出来上がった盤上だった。
「でさ、」
輝いた魔方陣がカガミの背後で徐々にその光を増し、それに照らされるファルナの表情は、恐怖。そのままの体制で、何かに縛られる訳でもないのに、ファルナは動けない。
背後の魔方陣。あれを、ファルナは知っている。
ーーー『その最強は世界を求める』
あの魔方陣から放たれるのは、なんだと思う?そう言いたいのだろうか。カガミの表情は、酷く嗜虐的だった。
「てことはっ!分かるよね!」
距離を取る。荒野に大穴をぶち開ける巨大な魔法が連発される。浅い射程の濃い魔力。距離さえとれば当たらない。はずだった。
この男がアキトの影の人間だと言うことを忘れていた。
「こういうフェイントは、強い奴のが引っ掛かるんだよな。」
一点に絞った超射程の別の魔力。アキトのような狡猾な思考が、カガミにもある。
「が・・・は・・・!?」
考えて起こした行動を、読まれている。それがどれだけ恐ろしく、それがどれだけ絶望的か。カガミは知っている。カガミ・アキトは知っている。当たらないはずの攻撃が、射程の長い魔力の殺意によって当たる攻撃へと変わってしまった。
「さて、じゃあ計画通りによろしく。」
軽い口調でそういったカガミが顕現魔法を仕舞う。そして、その攻撃部隊が呼応する。
「はい。」
怠惰の大罪囚アケディア・ルーレサイトが、
「りょーかい。」
憤怒の大罪囚イラ・ダルカが、
「ああ。」
皇の血を引くラグナが、
「・・・・・・・。」
小さく弱々しい希望を待つシャリキアが。
興都襲撃戦の余興。なんの苦戦も無く、ウドガラド最強の皇が敗れた。現在興都で築くことのできる最強前線。
竜伐のリデア、アミリスタ、ヴィネガルナ。王剣ウルガ。天上の治癒術師アリタルカ。その超前線は、崩れる寸前まで追い込まれた。
ーーーーー
「ありがとうリデア。私・・・。」
「大丈夫。でも、もう闘えるのは私たちぐらいだし。」
「冒険者も大した戦力にはならない、か。」
頭を押さえて礼を言うヴィネガルナ。戦力を計算しても、この興都の戦力は足りなすぎる。冒険者の中にも強い者はいる。けれど、この稼ぎの少ない興都にいるのは少量。大抵は他の土地で活動している。2人の少女は崩れ落ちた木材に隠れ続ける。
ーーーーー
ーーー竜伐のヴィネガルナはイラ、残りの2人をラグナとシャリキアが撃破しろ。ルーレサイトは皇城を襲撃しろ。厄介な能力者がいるかもしれない。俺は奴のところに向かう。
無感情。を装った声。それを思い出し、アケディアは思考を巡らせた。カガミ以外の人間は、全員こちら側の人間。影の世界出身はカガミだけ。つまり、その支配下にはない。それなのにも関わらず、その男に誰もが従っている。そんな事実に自分の正気を疑い、アケディアは疾走する。考えるだけ無駄。その強さは計り知れない。アケディアの能力、怠惰の力で、グリムライガという槍を作り出せる。この槍は、全ての大罪囚の武器の力を再現することができ、完全な技で攻撃することができる。そして先日、アケディアの再現できる全ての大罪囚たちの技を、カガミはなんの力も使わずに耐えてみせた。
「っ?貴様、何者だ!」
豪奢な装飾の施された皇城の階段を登り、かけられた若い声に顔を上げた。現在地は階段の中腹に作られている巨大な通路。特に何かあるわけではないが、その通路には扉が数個取り付けられていた。
「黙れ。」
「ひっ!」
地獄の底から聞こえてきそうな底冷えた声が出て、アケディア自身も驚く。無論、それはアケディアの声では無い。アケディア、いや、ルーレサイトに眠っている悪魔。ベルフェゴールの声。
「大丈夫。これくらい倒せるから。」
自分にしか聞こえないような声でそう言って、肌で感じる心配そうな感情に苦笑する。
心配をかけないように。
「すぐに片付けさせて。」
フードを取る。現れる濃い青髪。そして、幼い顔立ち。大罪囚という大罪人とは思えない美少女。けれど、宿る決意は本物。アケディアには、守るものがある。
「くそっ小娘が!」
若い甲冑の騎士は剣を引き抜き、その騎士剣をアケディアに突きつけた。刹那、走る悪寒とともに階段が崩壊。装飾していたレンガや木材。階段を形作っていたものが崩壊した。握りしめた拳を構え、騎士の背後へと一瞬で回り込む。崩壊した瓦礫に意識をとらわれていた騎士にアケディアが視認できるわけがなく、全力で突き出された拳が騎士の背中を叩いた。
「がぁあぁあっ!!」
ひしゃげる鎧、溢れる血飛沫。絡まり合う断末魔が響き渡り、騎士がその場にゆっくりと倒れ込んだ。まだ死んではいない。
「すぅーーーーー」
その騎士の頭蓋を砕くため、ゆっくりと拳を振り上げた。そこで、アケディアが動きを止める。
「君はしなくていい。」
いつの間にか現れていたベルフェゴールが、慈愛の瞳でそう言った。
「でも!」
反論を許さないとばかりにベルフェゴールがアケディアの口を塞ぐ。もう片方の手でその口も塞ぎ、鮮やかな赤の脳髄をぶちまけさせた。ベルフェゴールは言う。
「これ以上私に、罪を犯させないで?」