72.【その焔が始まりとなる】
黒い。
その髪を小さくなぞって、抜け落ちた色が手のひらを黒く汚した。黒い塗料が取れたその髪は、薄い金髪だった。どこまでも暗い金。けれど、くすんでいるわけではない。暗い美しさが備わった髪だ。
「ルーレサイト。」
「はい。」
「悪魔を出せ。」
小さく首肯したルーレサイトが髪に触れる。複雑な魔法陣が展開され、桃色の輝きが部屋を満たした。
「何の用だ。」
ふてぶてしく。全ての悪感情を込めた声で、現れたそれが声をかけた。
暗い金髪。カガミ・アキトと、一対の角。ベルフェゴールの視線が火花を散らした。無論カガミに悪感情を放っている様子はないが、怠惰の悪魔は嫌悪感を隠そうとしない。
「ベルフェゴール。影の世界を開け。」
「何をするつもりだ。」
眉をひそめるベルフェゴール。女の肉体を持つ美貌の悪魔。その悪魔が不思議そうに尋ねてみればカガミが何かを思い出したかのように指を立てた。
「言ってなかったか。実は興都にはアミリスタ製の半永久結界があるんでな。」
「まさか。」
「ああ、大罪囚のような魔力は入れない。」
腕を組んだカガミを睨む。
「それじゃあ、戦力を図るために魔獣収容所を壊した時はどうやったんだ。」
「いや、そん時の方法で侵入するんだよ。」
ベルフェゴールが反応した。侵入不可能な領域に、影の世界を使って侵入する方法。そんなもの、思いつかない。けれど、カガミはそれを知っている。圧倒的すぎる力を持っているのにも関わらず、それをさらに強化する頭脳がある。ベルフェゴールは、そんな男がどうして最弱の半身に興味を示すのか分からない。
「あん時は攻撃を流しただけだったからな。それと、」
「なんだ。」
ベルフェゴールが伏せていた目をあげ、カガミの目を見る。黒い。その闇のような目を。
「ミカミは、気付いている。」
「っ!」
なんの感情も込められていない。ただ事務的な報告とでも言うような言葉。それを聞いた時。怖気が全身を駆け巡った。
天上魔獣のさらに上の存在たち、悪魔のベルフェゴールでさえも、それに怯えた。聞いただけならば。その最弱は、ほんの少ししかない限定的な状況で、興都襲撃を予測していたと言うことだ。
視線をルーレサイトに向けて、ベルフェゴールは戦慄した。
ーーーーー
ーーーカガミ・アキト。今度は彼だ。
ーーー余計なことをするな。
ーーーすごいね、この思念に入ってくるなんて。
ーーー黙れ◼️◼️◼️。お前は余計なことをしなくていい。
ーーーそれはダメだよ。
弾き出される。
侵入した思念から追い出された。どんな人物かも知らないが、とりあえずむかつくのだけは分かる。いつも頭の中で余計なことを話してくる。
仕方がないと目蓋を開けた。
「は・・・?」
眼前に広がっていたのは、荒野だった。煙が立ち込めている。血の匂いとどす黒い色が混ざり合い、手中の魔法陣から打ち出された焔の輝きが眩しかった。
「そういうことか。あっちに見せたから俺にも見せないと不公平だってことだろ?」
頭痛がする。目の前に見たくないものがいる。あいつはそんなことをしない。そう思っていたのに。
ーーーやめろ、お前はそんなことをしないはずだ。
嫌な感覚を振り払うように、巨大な火球を魔力の限り叩きつけ続けた。爆音と絡み合った焦げ臭い匂いが鼻腔を焼き、肌を刺す予感が的中した。煙がはれる。金の刃が現れては消え、点滅するように存在していた。ここに居続けてはいけない。そんな焦燥感を胸に、魔法陣を起動させた。無論、自害用。けれど、この世界での奴は諦めなかった。宿り続ける殺意のままに、驚異的な速度で迫ってきた。
「邪魔なんだよっ!」
火球をありったけ叩きつける。それに上書きするように焔の竜巻を巻き起こす。
「っ!?」
その過剰すぎる焔を抜け、奴が現れた。金の刃に魔法陣が彫られていた。その魔法陣から、先程打ち出した魔力たちが放出された。刃を振るうたびに打ち出される魔力たちを避けて、踏みしめる地面が決壊した。勢いそのまま飛び上がる。金の刃を握りしめ、振り切られた己の手刀が奴の首元を直撃した。
「がぁっ!!」
「死にやがれっ!」
何重にも重ねて展開した魔法陣を拳に付与した。魔導具『影砲』をはめた手にさらに強力な打撃を付与。
迸る焔の右腕。衝撃で爆発するその右腕が奴の頰を直撃した。
はずだった。
消えゆく意識の中。
せ、、、、、お、、、
何かが聞こえた気がした。