6.【再来の予兆】
金麗の音色を奏でる少女の名を、この暗闇で彼は一度でも思い出しただろうか。あの混沌の感情には、あの少女が生きているのかと言うことも、助けろと言う嘆きも、ただ1つも無かった。リデアという名前さえも、彼は忘却の彼方へと葬っていた。
「放置していてもここまでやって来るか。」
「アキトを返しなさい。」
「・・・これをか?」
驚いた様に眉を上げ、男はリデアに問う。
「もちろん。」
何の迷いもなく、彼女は言い切る。助けに来たと、ここにいると。全く怯えることなく。
そして、それは、どうしても宣戦布告という考えに繋がる。そう、この少女は、叫ぶ。再戦を叫ぶ。
「愚か。」
煌めく刀身が、暗闇で光った。無機質な鉄の輝きに、死の予感を感じて、
ーーー今、逃げろ!
体の中の全ての感情が、細胞が、全力で死力を尽くしてわらう。今、逃げられる。いま、にげよう。ただの恐怖からの逃亡だ。
リデアが死んだとしても、自分がいきればいいと、本気で思った。彼女への恩など忘れ、無知な逃亡者は哀れに逃げ去った。
ただ走る。黙々と。強大で、俊敏で、強靭な死から。
「!」
背後から剣撃の音が流れ込む。巨大な森の中で、すぐには見つかるまい。
あの剣の使い手と、悪魔達は別。アキトにとっての敵は、この森に2つもあるのだ。事態に突破口など見えない。
ーーー試練は、それだけじゃ・・・ない・・・
「!?またっ、なんなんだこの声は!」
目前に待ち構える死、背後から襲い来る死、そして脱出口を塞ぐ謎。
袋小路。なにをしなくてもアワリティア達に殺害され、逃げても追って来る剣に劣悪な拷問をされる。逃げ果せるには、包囲網を築く謎を淘汰しないといけない。
アキトの異世界召喚第1の試練は、鬱蒼と生い茂る木々の中で、ひっそりと、凄惨に行われる。そして、あの声は、試練はこれだけでないといった。
「どうすりゃいいんだよっ!」
回転する頭に比例して、アキトの疾走する速度も上がっていく。スポーツの心得はある。しかし、平均に毛が生えた程度の体力しか持ち合わせていないアキトに、この逃走は荷が重い。
限界を迎えた体力が、何かにつまずきアキトを転倒させた。
「ってえ。なんだ」
迫る死を考えれば、ここでつまずいたものの確認などしない。しかし、なぜか見なければならないと、本能が告げていた。
いや、告げていたのは◼️◼️王であり・・・。
アキトの歩みを阻害したのは、四角い金属のような黒いボタン。
「なんだ・・・これ?」
それを見ていると、鼓動が速くなり、そしてチクチクと胸を刺激する痛みが現れ始めた。心臓が、思考に背き逃げたいと主張していた。鼓動を速くして、痛みを生み出して、そして気づいた。
アキトの中の葛藤を仲裁するように、鼓動が大きく、
「違うッ!!」
感じていた恐怖は、ボタンに対してではない。
ーーー何か、やばいのが近づいて来る気配!?
強者の放つ圧倒的な魔力を、弱者であるアキトは、知り得ていた。だからこそ、身を潜めた。
恐ろしい程に存在を主張する心臓が、とても煩わしい。トリップする。痛ぶられる恐怖が、詰られる屈辱が、
ーーー来た・・・・・・!
「とりあえず発見か、1聖を殺す。」
半透明にボケた木から出て来たのは、ローブに身を包み、おぞましい悪魔を従えるアワリティアその人だった。
執筆中はアニソンを聴いてます。今期はダーリ○・イン・ザ・フ○ンキスが好きです。小説が少し短いですが、毎日投稿ができそうです。読んでいただけると嬉しいです。