66.【見えない剣】
練り合わされた戦略を何度も確認し、どこが崩れてもおかしくない不安定さに自嘲の笑みがこぼれた。あんなたいそうな口を叩いておいて、出てくるのは子供でも思いつきそうな簡単な戦略のみ、さらにそれがシャリキアの能力を使わないと達成できないとまできた。最早失敗する気配しかないこの作戦も、針の穴に糸を通すように行えば、その狡猾な頭脳と合わさって成功するかもしれない。
シャリキアの服についていた木のかけら、ポーションの空き瓶についていた謎の粘着物質。異世界様様戦術の出来上がりだ。
シャリキアは既にラグナを動揺させることでアキトに能力を流し込めるかもしれないことを伝えている。ただし、自分が傷つくことを隠して。
「随分遅かったな。」
「本能が覚えている記憶の残滓と、自我が持っている潜在意識がせめぎ合っていたんです。立ち直るのにも時間がかかるでしょう。」
「そうか。」
現れた暴風の余波と木々の弾ける音。何より、ジャラジャラとなる鎖が、その存在の来訪を告げていた。
ラグナ・ウドガラド。血だけを見ればそうなる男。今回打倒すべき、まごうことない『敵』。
気合十分、戦略万端、勝機確信、自信満々、全てが当てはまらない状況。
けれど、あの絶望的な状態から、アキトはどうにか過去を探り、散りばめられていた伏線たちを回収していった。なんとか作り上げた場面。それがここだ。
「やるぞ。」
シャリキアの瞳にまた違う覚悟が宿るのを、アキトは見ていなかった。
シャリキアを巡るこのあり得なかった物語を語るのも、この戦いが最後になろう。その終わりの始まりは、巨大な爆音によって始まった。撓む鎖とひしゃげる森、土煙の舞うその空間。確かに捉えたはずのアキトたちの姿はない。
虚空保管庫。見えないものを保管する、シャリキアの血に刻まれる力。
見えないもの。それは、考えようによってはどうにでもなる。アキトとシャリキアの位置から、少し先の木の根元の距離を保管した。
アキトたちは瞬間移動さながらの回避術を披露できる。そしてもう1つ。仕込んでおいた最初で最後の罠。
木々が弾け飛ぶ。
アキトたちの回避術に気を取られていたラグナは、その予想外を避けられない。シャリキアを使った強引な回避、それは1回のみの必殺。決まった後は何もできない。だから、罠。
覚えているだろうか。
アキトは覚えていなかった。シャリキアが倒木にアキトと腰掛けようとした時、腐って中が空洞になっていた木はいとも簡単に砕け散り、シャリキアの服に付着した。
そんな木がたくさんあり、まだ倒れていないものがあることを、アキトは1度目のカーミフス大樹林から知っていた。
ほんの少しだけ目に入り、小説なら一瞬で読み終わって記憶にも残らないだろうけれど、確かにアキトは記したはずだ。その記憶に、空洞の存在を。
そして、少しの粘着性と無限に伸びるのではないかと思われるほどのゴムのような物質。それを空洞に通し、あたかも自然であるように偽装する。そこから更に細工して、あるものをつくる。
あの時に自身が張っていた伏線を、自ら回収して利用する。
傾いた木の中に一筋のライン。そして、それが2本。否、一本が折り曲げられている。
アキトが小さな枝を一本折れば、折り曲げていた部分が外れラインが一本へとなろうとする。ようは、パチンコの要領で作り上げた兵器。ラグナを動揺させるためだけに作った。
炸裂する木片たちとそれに巻かれるラグナ。力を引き出そうとシャリキアに手を伸ばし、叫ぶシャリキアから力が放出されていく。強大すぎる力ゆえに、引き出す時に全身を貫く痛みに襲われるこの欠陥能力。けれど、誤った魔力操作をして、それに動揺するくらいラグナが弱っていて、アキトの自然兵器が迫っていて、その要素が重なり合って、合わさって。
「へぇ、こんな感覚なんだ。」
シャリキアの中に保管されていたラグナの力全てが、アキトに宿る。それは、一部残っていた顕現魔法も例外ではない。
「顕現魔法『パーニッシュ』」
最弱であり、異世界人のため魔力を持ち合わせていないアキトが、託された力の魔力で顕現させる。絡まり合う鎖が宙を漂いアキトのなかでパーニッシュが服従した。パーニッシュの先についている刃が、ラグナのものとは違いリデアの剣に酷似している。精神を顕現させるといっても過言ではない顕現魔法だ、当然。
「貴様っ・・・!」
「しょうがねえんだ。ここでお前を倒さねえと。」
刃を握る手に力を込める。パーニッシュに付属していた剣は一本。ご丁寧に柄までついている。つまり、完全近接戦闘向き。と、見せかけて、魔力操作をすることで刃のみを好きな鎖の先に付けられる。手に取るように分かる。
こんな力を手にしても小賢しい、狡猾な戦法を考えついてしまう自分に笑い、感謝する。
バカの一つ覚え、力を手にしてただただ突っ込んでくる戦術もクソもない素人。を装って、雄叫びをあげながら突進する。
目を見開いているラグナ。心の底からアキトに驚いているだろう。悪い意味で。
こんな強大な力を手にしておいて、心底勿体無い。
ーーーだから、それが狙いなんだよっ!
大きく振りかぶり、力の限り叩き落とす。そして、弾く鎖が剣の刀身を軽々と吹き飛ばした。一瞬の出来事。それは分かってる。だから、気づかないふりをして、刀身のない刃を振り下ろす。
刃のない剣を警戒するわけもなく、無防備なラグナに振り下ろした。接触直前ギリギリで転送させた刃をつけた剣を。
刃を好きな鎖に飛ばせる。つまり、鎖につながっている剣に突然刃を転移させることも容易。瞬時にしまったため、ラグナからは見えない刃で斬られたと錯覚するだろう。
ここからが、最弱が最強になれる少しの時間。
いつもいい伏線あるし使うかっていって適当に使うんですが(例:カルバラ)今回の倒木のやつは結構前から考えてました。1章のどこかに書いてます。確かリデアとアキトが村に行くとこ。