64.【裏の裏と戦術の焔】
「俺の騎士にならないか?」
輝く眼光が闇を滑り、駆ける光が残像を描いた。
あるはずのない力が独房の床に叩きつけられ、陥没する床を踏み抜いてウルガが飛び出す。
空中を駆けるウルガの剛脚が檻をぶち抜き、舞う粉塵から間髪入れずに追撃が飛んできた。
それを難なく躱し、転がっていた鉄棒を拾う。馴染ませるように何度も握り、回して勝手を確かめる。
ウルガの目に宿っているのは、紛れも無い殺意。命を代償に刃を交えたあの乱舞を、侮辱する。ファルナが言っているのはそういうことだ。
「調子にのるなよ!」
なにも持っていない無手の状態。それに対するファルナはベストウェポンともいえるリーチの鉄棒。
明らかな不利はウルガも悟っている。それでも続く剛脚の声は、牢を反響して飛び回る。晴れる煙から飛び出すウルガ。
両手に持っている黒いナイフ、両足が切り裂かれた跡、すなわち。
「足に仕込んでやがったか」
両足に埋まるほどナイフを突き刺し、回復する肉で覆った隠し場所は、完全なる盲点。穿った両足から血濡れのナイフを引きちぎり、構えた殺意のままに疾走する。近く振り切られるナイフをうまくいなし、無防備な姿に容赦なく鉄棒を振り下ろす。
金属が叩き合い、鳴り響く金切声。もう1つの刃がそれを難なく受け止める。
「二刀流との戦闘は初めてか?」
「ああ。だが、関係ない!」
鉄棒を弾くようにナイフを振るい、漆黒の光をきらめかせる。ナイフの先からは、黒い煙が立ち上っていた。
そんなことを考える暇もなく、振動する空気が世界を揺らし、飛び出すウルガが死の軌道を繰り出す。鉄棒で一刀を受け止め、背後からの一刀を弾く。そうすれば、遠心力が限界まで込められた鉄棒の先が、ウルガのナイフを弾き飛ばす。
一本になったナイフを見て、ウルガが顔をうつ向かせる。そこに笑みが宿ったことは、見なくても分かった。
「死ねっ!」
唯一のナイフを全力で投擲。空気を切り裂きながらファルナに飛来する。一見持っている武器を全て捨てる愚かな行為だが、投げたナイフと弾かれたナイフ、両方の柄に糸が付いていて、それが指に繋がっていれば、完全な武器となる。
ーーー糸でつながっている!?
眼前で静止した漆黒のナイフが横薙ぎに振られ、避けた場所にもう一方のナイフが戻ってくる。
研ぎ澄まされた反射神経と戦闘技能でそれをなんとか弾き、手繰り寄せられるナイフがウルガの両手にすっぽりと収まる。
そのまま間髪入れずにまた双剣が見えぬ魔手に操られ、糸がナイフとともにファルナを蹂躙しようと迫る。
ーーー糸を切っちまえばいいんだろ!
避けたナイフの柄とウルガの手の間に生まれた銀糸を叩き斬る。ブツンと斬れた糸が最後の抵抗とばかりに過ぎ去ったナイフをファルナに向けて戻す。それすら弾く。
鉄棒は殴打することでしかダメージを与えられないが、ナイフなら殺傷力でダメージを与えられる。要は戦いやすい。
ウルガのナイフを一本弾き、掴める速度で迫っていたナイフを掴み取る。
「どうだ、まだやるか?」
「おうさまは優しいな?お断りする。」
「残念だっ!」
武器を持っていないウルガとナイフを手にしたファルナ、2人が同時に飛び出し、互いの真横を通過する。
切り裂かれた胸から鮮血を吹き出し、膝をついたのはウルガだった。
「一回大人しくしてもらおう。」
ウルガのナイフをファルナが振りかぶる。瞬間。ボフリと音を立てて、ナイフが砂のように四散した。それは、先ほどナイフから立ち上っていた煙に酷似していた。
「それは特殊な金属粉末でさ、魔力を注入しておけばその形に固まる優れものだ。前にナイフにしていてよかった。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「今魔力を抜いたら、それはただの砂同然だ。」
そして、瞳に歪んだ殺意を乗せながら、振りかぶった腕をウルガが振り下ろした。当たったのは拳ではない。ファルナの胸には、深々と漆黒のナイフが突き刺さっていた。
さっきファルナが弾いたナイフを袖に受け止めておき、今それを射出した。痛覚に呻くファルナがナイフに手を伸ばし、砂となって崩れるナイフを掴もうとした手が虚空を掻く。鮮やかな紅がだくだくと流れ落ち、
「づぁ!」
現れた暴風の刃が空間ごとウルガを切り裂いた。
「ここまでは予想外。だけどな、魔法の才能は『血』に宿っている。死ぬほど練習すれば、血を媒介に魔法を撃つこともできる。」
見開いた目で腹を押さえ、血を吐きながら壁にめり込むウルガに笑いかける。
それを受けたウルガは、こらえきれないと言ったように哄笑を上げ始める。訝しげにそれを見るファルナは確信した。
ーーーこの男はまだ持っている。
血と一緒に吐き出された炎の魔石。ナイフ二本分から抜き取った魔力を注ぎ込めば、耐えきれないなったマナが暴走して爆発する。
胃の中に隠しておいたラストウェポン。輝く紅が轟々と燃え盛り、耐えきれななった外殻魔石が崩壊する。
直後。轟音が鳴り響く。
焔の波動が水分を焼き尽くし、輝くマナが放出される。
すいません。やっと復活です。(多分)