56.【バットエンド?】
すいませんめっちゃ短いです。
ヤバイ。
たった1つその言葉が脳でこだましていた。
思考を埋め尽くすボキャブラリーのなさを感じる単語。それが、今は不安を和らげる唯一のはけ口。
砲弾のように走るアワリティアを目前に構えた、最弱の最後の言葉。
「させないっ!」
アキトを刺すはずだった黒刀が、リデアの金の魔力に阻まれる。
心強い助っ人の復活に頰を緩ませ、手にしていた最強クラスの武器を投げる。
エトラン・レーフを受け取ったリデアが金の刃をアキトに投げ、交換した武器を確かめる。
アキトが持っていたら豚に真珠状態だったエトラン・レーフをリデアが使えば、鬼に金棒、ガン◯ムにビームサー◯ルだ。
皇槍の感触を確かめるリデアが頷いて、握った『力』をしっかり構える。
「ちっ。まだどんな能力かも分かってないのに。」
苦渋の表情のアワリティアが見るのは、片手剣を握る最弱の少年。勝手な都合で能力を得ていないアキトから能力を探しても、見つかるわけがない。
剣の感覚に笑い、アキトが思い出す。1周目の討伐戦を。
黄金の刀身が煌めいて、照らす大魔石が勝利を示した。それは、今回とは違う。
今回は、その黄金の刃が勝利を示してくれるはずだ。リデアという希望の刃が、黄金とともに示してくれるはずだ。
「アキトは自分を守ってて!」
力強く言葉を残し、隠しきれない慈愛を贈り、滾る闘志を刃に乗せて、踏み込む地面のひしゃげる音にエトラン・レーフの魔力の音が重なった。
「頼んだ!」
足手まといの最弱がどき、竜を下した強者が走る。
舞う土埃を背後に背負い、風を斬る瞬足が黒刀の残像を見せる。
鳴り響く金属音の旋律が耳朶を打ち、少女と大罪の接触を知らせてくれる。
舞い落ちる土煙に巻かれる2人はアキトからは見えない。しかし、翡翠の魔力と黒の剣劇が、激戦をしっかりとアキトに知らせてくれる。
「それにしても竜伐」
「なによっ!」
最大限の威力で振り下ろされた魔力の奔流を避けて、量産される土埃を払い、笑うアワリティアに言葉を返す。
温厚な声とは裏腹に、強欲の長刀はリデアの命の脈動を絶とうと鋭く打ち込まれる。
首筋を掠める刃に旋律し、土埃に魔力をぶつける。
「月と絡むなんてどういう風の吹きまわしだ?」
「ツキ?アキトが?」
アワリティアの突拍子もない発言に聞き返し、皇槍を振りかぶる。
「あいつは月だ。言動でわかるだろう?」
「バカねっ!」
翡翠の殺意が粉塵を蹂躙し、アワリティアの頰を掠める。それすらも、アワリティアの考える戦略。
振り切ったリデアの無防備な首に黒刀を突き立てる。
周囲に撒き散らされたのは、リデアの真紅の血ではない。魔力刃同士が織りなす火花。
噴煙の中を照らした火花は、リデアが盾がわりに実体化させた魔力片だ。
「ケルトを、知っているだろう?」
「だからなによっ」
「やつの魔力を、私は持っている。」
「ぁ」
嘘のように真っ二つに叩き割られたリデアの肢体が、死体となって投げ捨てられる。
脈打つ血液が行き場をなくし、樹林を紅く染め上げていく。
「ケルトの風魔力。強いだろう?」
滴るクリファリカの血を指ですくい取り、アワリティアが微笑んだ。
残虐的で、嗜虐的で、被虐的で、
冷酷な瞳が、アキトを射抜いた。
しかし、アキトの意識はそこにない。今は、
「お・・・い。待てよ・・・待ってくれ・・・まだ」
まだ、しっかりと償いをしていない。この世界では償う必要はないけれど、アキトの知っている世界で、アキトは償わなければならないのに、死んでしまっては償えない。
無駄だと、脳の奥で、胸の奥で、精神の深淵で、いやというほど理解している。理解したくないのに理解している。
もう、助けられないと。
「まて、まて・・・まだ、なんとか」
血溜まりの血をかき集め、リデアの断面から溢れ出る血液を止めようと必死で抑える。けれど、血は集まりないし止まらない。
「っ!」
目尻の涙を振り払い、その場で蹲る。
脳が理解していた。精神が理解していた。身体だけが理解していなかった、理解したくなかった、認めたくなかったから。
けれど、もう理解してしまった。
どれだけ足掻こうと、どれだけ嘆こうと、もうどうすることもできない。
目の前で弾け飛んだ擬似のエトラン・レーフ。それは、彼女の命が完全に潰えた事を示していた。
背後で魔力が輝いて、焼き付けられる殺意の奔流が叩きつけられた。
「死ね」