53.【託すことしか彼には出来ない】
世界再現魔法。漆黒の竜の轟咆哮。
ビリビリと震える空気と、それに乗って波紋を広げる魔力が平衡感覚を崩し、足元が暗く揺れている感覚がアキトを襲う。
近くの木に手をついて、溢れる嘔吐感をこらえて睥睨する。
アキトにできる事は、このどうしようもない状況で、目立たないように振る舞う事。
無駄に特攻でもすれば、リデアの正義感がこの森を滅ぼす。
だから、できるだけ影を薄くして、気配を消して、身を潜め、考える。
この森で、アワリティアを下す方法を。
瓦解する地面に、土埃を巻き上げる大質量の木々。そして、大罪囚アワリティア。
「っ。万策尽きたか。」
どれほど考えても、アキトの頭脳では導き出せない。
偶然に偶然を重ね、他人の力を使って使って使い潰して、その上でまだ運を積み重ね、偶然に覆われた状況が、あちらからアキトに問いかけてくれないと、そのお粗末な頭脳は使えない。
リデアの魔力の残滓が視界をよぎり、アワリティアを見ていたアキトがその金麗を見る。そして、逃げるように走る。
そして、その手に持っているのは、
「魔力を限界まで使って、やっと再現できる。」
世界再現魔法。皇槍エトラン・レーフ。
輝く黄金が槍を型取り、溢れる魔力がそれを覆った。
皇族に伝わる最強クラスの顕現魔法。槍ではない。もはや兵器。
そんな皇槍を、ほんの少しだが再現する。
「昔見た槍だ。グリムライガ、いや、エトラン・レーフか。面白い。」
それならば、と。漆黒の稲妻が空気を走り、切り裂かれる空間から悪魔の手が突き出てくる。
エトラン・レーフを持ったリデアが後退し、覚悟を決めるように息を吐く。
アワリティアに付き添うようにマモンが現れ、瘴気を放つ腕を掲げた。
「クリファリカ。」
漆黒の長刀がアワリティアの手中に収まり、降り注ぐ光を遮るように構えられる。
マモンの変化形態。クリファリカ。
空気中や魔法、ゲートで放出した魔力を取り込み、収束させる。そして、その魔力に応じた斬撃を繰り出す刃。
構える2人が睨み合い、動く。
リーチはほぼ同じ。
刃の長さもあるが、魔力を放出させる2つの武器は、ほぼリーチが同じ。
大地をぶち抜いて飛躍するアワリティアが、空気中のマナを喰らう。
収束するマナがクリファリカの中で荒れ狂い、やがて1つの力となる。
しかし、リデアとて何もしないわけではない。
空中は、回避が難しい戦闘領域。つまり、空の魔力を集めに飛翔したアワリティアを狙うのは、必然。
回したエトラン・レーフを振り切る。
空気を蹂躙して進む皇の斬撃が空を斬り、アワリティアへと迫る。
そこに続く刃が更に風切り音をたて、翡翠の刃を飛ばす。アワリティアへと向かう刃は4つ。
それぞれが長く、それぞれが鋭く、それぞれが速い。
当たれば致命傷は確実。
刃に切り裂かれ、速さに断ち切られ、大きさに蹂躙される。
と、ここまでの攻撃をさせるのが、アワリティアの作戦。リデアの意表をつくための策略。
クリファリカは、空の魔力を吸ったのではない。
空の魔力を吸うためと判断したリデアは、アワリティアが土の魔力を吸っている事を知らない。
だから、
「な・・・ぁ・・・」
クリファリカの軌跡に何重にも重なった土流の盾が、嘘のように斬撃を封殺した。
最高のタイミングを持って、決まったはずの刃が、相手には手に取るように分かっていた。
それは滑稽で、ひどく。
おぞましい。
真上から落下してくるクリファリカ。たとえ魔力の刃を作れなくとも、アワリティアの卓越した剣技があればその長刀は驚異になる。
今のように相手が油断していれば。
がしゃり、と。
ガラスを砕く音。正確には、ガラス瓶を砕く刃の音と、滴る水滴の落ちる音。
勢いよく粉砕されたガラス瓶がアワリティアへと飛来するが、それを知っていたかのように耐え、なんとか避けたリデアへと刃を振るう。
ふるった刃が何を吸ったか知らずに。
「あ、れ?」
そう。確実に決まった攻撃が、止められるはずのない斬撃が、続くはずのない命が続く、その状況を意のままに操る存在は、おぞましい。
だから、ここで1番おぞましい人間は、アキトだった。
戦闘中に姿を消し、戻ってきたアキトが、回復ポーションの瓶を投げつけたのだ。
残っていた回復の魔力の雫を吸って、収束する回復の刃がリデアを斬った。
リデアは、先ほどまで殺意の塊だった相手に、回復させられるという奇妙な状況に陥ったのだ。
「アキト!?」
空き瓶の投擲者の心当たりの名を呼んで、ターゲットを変更されるのを恐れて、若干遅いが口をつぐむリデア。
しかし、投げた目線の先に人影はなく、安堵の傍ら少しの不安を覚える。
アキトが無事かどうか。
それでも、アワリティアはそんな事を考えて勝てる相手ではない。
意識を切り替えめの前の敵を倒す。そのために、刃を構えた。
倒れた大木の中に入り、投げ込んだ回復ポーションの効果が出たことに安堵する。
アキトの策略がうまくハマり、リデアも全力で戦える。
あとは、リデアに任せるだけ。唯一使えた手札をきったのだから。もうアキトには何もできない。
蚊に刺されたら離れるまで吸わせると痒くないらしいですね。実践したら、最初は痒くても徐々に痒みが消えていって、ほぼなくなりました。本当だったんですね。
次の日めっちゃ腫れました。しない方がいいです。さっさと叩きましょう。
てことで、夏も頑張りましょう。