51.【哀れな最弱の懇願】
「嘘、だろ・・・?」
息を切らしてたどり着き、揺れる世界で絶望した。
それは、変わり果てたカーミフス村を見たから。巨大な穴が所々に見られる変わり果てたその村を、見てしまったから。
絶句した。
アキトがレリィと約束して、リデアに謝罪して、作戦を練って、休息をとる。そんな時間があるくらいに、陥没まで時間があったはずだ。
そして、先ほどのグレンの動きで気付いてしまった。その世界との齟齬を。
アキトはアワリティアに発見されていない。襲われていないのだ。
だから、リデアはすんなり村に着き、アワリティアはリデアにばれずに計画を進行させる事が出来た。
そして、アキトがアワリティアに勝てた偶然の1つ。グレンとアワリティアの交戦が、今回は起こっていない。
命令が取り消されたグレンは、アキトにもアワリティアにも接触していないはずだ。
つまり、アワリティアは万全の状態でリデアと闘う事になる。
そう、起こるはずのイベントがスルーされ、レリィを救えず、リデアを生かせず、村を守れない。
最悪の状況を、アキトは作り出してしまった。
「はっツリーハウス!」
レリィを救い出すために、あのツリーハウスへと駆け出す。
大地が揺れ、地面が砕け、震える足に恐怖の波を伝える。
それは、レリィがもしも死んでいたらという不安、リデアが死んでいたらという悲壮。
瓦解する地面を飛び越え、緑の世界を疾走する。
恐怖にかられ、焦燥感に照らされ、揺れる世界に嘲笑われる。
「レリィ!」
落下してくる大木を避け、水色の少女に叫ぶ。
その少女は、もう諦めたような。都合がいいとでもいうように、全ての感情の上に、安堵の笑顔を貼り付けていた。
それは、今死んでもいいという表情に見えて、
「づっ!」
突き刺さる樹木、ひび割れていく地面、瓦解する大地。
そこに、真紅の少女の姿はない。
命からがら、アキトが救った。間一髪のタイミングで。
「あ・・・なたは・・・」
「そんな事はどうでもいい!早く逃げ、」
「どうして」
小さいけれど力強い意思が乗った問いかけに、喉がつまり、何も言えなくなる。
瞳に涙をためて、潤んだ声で嘆く。その潤んだ声は、悲しんでいる。
全ての感情がぐちゃぐちゃになり、溢れ出しそうな全てをなかった事にする死から、どうして救ったのかと。
「私があのまま死ねば、楽だったのに。」
「なに・・・を」
「いま助けられるなんて、酷い」
嗚咽交じりの声に涙が滲み、少女の言葉が耳朶を叩く。
その声は、そのままアキトの心を刺して、引き裂いて、蝕んでいく。生きていく喜びを知った少女が、再び嘆いているのに
ーーー死んだ方がマシだった?
その嘆きに感化されてしまった。その嘆きに納得してしまった。その嘆きを、その呟きを、その心情を。
分かってしまった。
声を荒げて反論し、お前は生きないといけないと、お前は必要だと、訴えかけなければならないのに、
分かってもらえなくても、叫ばないといけないのに、
光る銀閃が軌道を描き、真紅の色味が装飾する。
首を掻き切ったレリィの体が、アキトに寄りかかっていた。
「お前、なにを・・・、レリィ!お、い」
どれだけ叫んでも、少女の体に暖かさはない。
伝わってくるのは、いつもの暖かい声ではない、悲痛の声。
伝わってくるはずの血流は、だくだくと首から流れ落ちる。
簡単な事。
絶望した心が、銀の刃で首を掻き切っただけ。
レリィの命を、掻き切っただけ。
死んでしまったレリィへの怒りも、もう交わせない言葉の暖かさも、ぽっかりと空いてしまった心の穴も、全ては消えて、無があった。
憤怒も、悲しみも、喪失感も、なにも考えられない。考えたくない。その感情に支配された。
落下してきた大木が、生きようとする意思をなくした左腕を押しつぶした。
痛みを伝えるはずの神経が機能せず、もういっそ、この心を激痛で満たしてほしい。
それで少しでも気がまぎれるのなら、死んでもいい。
レリィが消えてしまった世界に、アキトの生きる理由はないに等しい。
けれど、不思議と死んではならない気がした。
冷たくなってしまったレリィの体を持ち上げる。
冷酷な瞳が最後だった。
満面の笑みを、もう一度瞳に焼き付けて、忘れないように刻み込みたかった。
軽い。
どうしようもないほどに、血の抜け落ちた体は軽かった。
レリィの命を奪った銀の鋼が、感じられる唯一の重みで、それが無性に腹が立つ。
轟音が走り、悲鳴が響く森を、歩き始める。
人が倒れている。
血が湧き出している。
茶髪の少年が、大樹の重みと地面の硬さに挟まれ、潰れていた。
それは、何かを守ろうとしているような瞳で、何かを掴もうとしていた瞳で。
白い髪を捉えた瞬間、アキトは走り出す。軽くなったレリィを抱いて。
死んでしまった少女を抱いて。
虚ろな目をした白い少女に、手を伸ばす。
待ってくれと、止まってくれと。