50.番外編【その最強は世界を歩む】
微エロ注意。(1ミリ位)
燃えている。
「あ・・・な・・・たは」
燃やしたのだ。顕現させた炎で、いとも容易く。簡単に。
周囲に魔力を散りばめ、収束させる力で無数の刃を作る。金色の刃が一斉に落下し、人間だったものに死の鉄槌を下す。
そして、その死体を突き落とす。空いた大穴に、突き落とす。
木の葉とともに落下する女は、底にあった大魔石に腹を貫かれる。
「ひぃっ!」
汚い液体で地面を濡らす小太りの男は、陥没した地面を見て笑っていた時が嘘のように縮こまり、震えている。
アキトがそれを見れば、後ずさり、立ち上がって逃げようとする。しかし、生命的に勝てない相手に、自分の脚はしっかりと機能しない。
「お前に特に恨みはないけど、少し試したい事があるからさ・・・」
ポワリと魔方陣が浮かび上がる。
そして、その魔方陣がアキトの掌に重なる。
「や、やめ、て、くださ」
全てを言い切る間も無く、魔方陣から射出された水色の魔力が、男の頭蓋を砕いた。
「上出来だ。」
ーーーーー
木々が所々なぎ倒され、中央部から出口にかけて、巨大な穴が大きく口を開けていた。
無事な木々たちも大半は燃えており、大地に刻まれた傷は恐ろしいほど大きい。
この悲惨な樹林の名前は、カーミフス大樹林。
この悲惨な世界の名前は、影の世界。
アケディア・ルーレサイトが保持する、闇と混沌の世界。
ーーーーー
「ふーん。生存者はゼロか。カーミフス村も無くなったし、そこに隠れてるのは誰だい?」
アキトがゆっくりと振り向く。
明確な殺意を宿した目で、草むらを覗く。
刹那。大質量の拳がアキトの体めがけて振り払われる。
「珍しい。」
面白そうな能力に少し驚き、巨大な拳に脚力の限界を超えた蹴りを叩き込む。
蹴りを受けた拳が小さく凹み、そこから円のようにバラバラにちぎれていく。鎖が、ちぎれていく。
巨大な拳だった鎖がバラバラになり、単体の鎖になる。そんな鎖が何十本もある。が、その鎖は男の袖へと収納される。
ラグナへと、収納される。
「ねぇ、俺の仲間になってくれよ。その力もっと見てみたい。」
目を見開いてアキトが尋ねる。
ラグナの答えは、飛来する鎖だった。
「残念。」
空を駆ける最速が、世界を照らす。そして、爆音と疾風を巻き起こし、ラグナを焼く。
ラグナとて、生への執着がなかったわけではない。しかし、その圧倒的な力の前には、なすすべもない。
落雷が頭蓋を砕き、耳鳴りとともに思考が消滅。点滅する光が死の衝撃を焼き付ける。
焼き付ける脳なんて、もうないけれど。
「さて、どうするかな。」
アキトに今、生きていく上で必要なことは何もない。
マナで肉体を補えば、食事は必要ない。同じく眠らなくてもいいし、もとより性欲は抜け落ちている。
やるならば、楽しい事をしよう。
さっき殺したアワリティアと同じ、大罪囚を殺そう。全員、殺してみよう。
「目標は決定だな。」
どこにいるかわからない奴らは後でいい。バルバロスにいる奴らと戦おう。天上の星紋を外して、戦おう。
傲慢、嫉妬、怠惰。大罪囚以外にも、極悪人がいるはずだ。バルバロスは、そういうところだから。
瞳の奥に期待と闘志をみなぎらせ、アキトがゆっくり歩み出す。
世界の再奥。バルバロスへと、アキトは歩みを進める。
ーーーーー
瘴気が漂い視界が淀む。
闇に支配されたバルバロスへの入り口には、地獄絵図が広がっていた。
魔獣が魔獣を食い荒らし、得体の知れない人影が飛び回っている。気味の悪い光景にうっすらと笑い、バルバロスへの大穴へと
落ちた。
壁が上がっていく。
落下する体が風に打たれ、視界が黒く染まる感覚がアキトを襲った。
内臓が引き締まり、浮遊感に嘔吐感が込み上げる。そして、何よりも、強者の気配。
「楽しませてくれよ。バルバロス!」
鋼鉄の床に激突する。
噴煙を巻き上げ、ひしゃげた床に血溜まりが広がった。
不愉快な血の感触と、醜く呻く足下の男に嫌悪を抱き、化け物のの脚力で頭蓋を踏み潰す。
脳髄が赤くぶちまけられ、周りの気配が動いた事を察した。殺意が叩きつけられている。
「くはは。ははははっ!」
魔方陣の光をその手に乗せて、輝く光が漆黒の中で乱舞する。
灼熱の竜巻を拳で打ち消し、巻き起こる轟音と疾風より速く。アキトの輝きが顔面を貫く。
魔方陣から放出されるアワリティアの魔力が脳を蹂躙し、悶え苦しむ男が動かなくなる。
「おい。何をしている。」
辺りで状況を見ていた連中に、ドスのきいた声が叱咤した。のっそりと現れた男の身長は、2メートルを優に越し、アキトでは見上げないと顔が見えない。
溢れる殺意とその風格に、圧倒的な強さを感じ、ここのボスがこいつだと直感した。
「カガミ・アキトだ。」
「カルバラ・グリフィルト。」
ただ名乗るだけ。それでいい。
この戦いに言葉はいらない。
強者と強者が拳を交え、刃を打ち合う。それだけ。だから、それ以上に言葉はいらない。
ニヤリとアキトが微笑んだ。刹那。ひしゃげる地面と搔き消えるカルバラが、アキトの眼前へと現れた。
反応することすら困難な速さになんとか追いつき、細い腕をカルバラの拳に重ねる。無論。
「づっ痛え」
ぐちゃぐちゃにへし折られた両手から血液が溢れる。白い骨が突き出る。
痛覚が思考を叩き、正常な精神を蝕む。しかし、アキトに関してそれは問題じゃない。
もう彼の精神は、蝕まれている。
正常でない。異常な心に。
盛大な笑い声を上げ、血塗れの腕を振り上げる。ひしゃげた拳に魔方陣が重なり・・・
「なぜっ!?」
痛覚を断ち切った最強の拳撃が、カルバラの頰をぶち抜いていた。
青い魔力をまとったその拳が、白煙と血を吹き、カルバラが折れた奥歯を吐き出す。
アキトは両腕を治す事なく、さらにもう片方の腕にも魔方陣を重ねる。
暗闇で二対の魔方陣が灯火となる。
「っははははは」
眼下に広がった魔方陣から力が溢れ、アキトが高速で射出される。
青の魔力を纏う拳が漆黒を照らし、満面の笑みで闘うカルバラを見せた。
楽しいのは2人とも同じ。
しかし、その代償は必要だ。
「そろそろ、おしまいだ。」
先ほどの動きが遅く見えるくらいに俊敏に動くアキトの拳が、カルバラの腹を撃ち抜いた。
バキンと拳では作れないような音を作り、ただの肉塊と化したカルバラを真紅の液体で彩った。
跡形もなく消えたカルバラを眺め、
「っと。もっと、強くならなくちゃ。」
瞳に宿した狂気のままに、地面を貫く。
今日、その日をもって。バルバロスの囚人は、皆が死ぬことになる。
スペルビアを除いては。
ーーーーー
バルバロスに収容されていたもの達。
それは、殺しきるのが無理であったり、視界に収めるだけでも危険な者だったりのため、放置状態となっている者たち。
それを根絶やしにしてしまった。たった1日足らずで。
そんな信じられないニュースがファルナに届くのは、この事件の翌日だった。
その少年に当てられてか、スペルビアさえもが暴れ始めた世界で、ファルナは槍を手にとって、対抗すべく立ち上がる。
「ウルガ、竜伐を招集してくれ。」
「分かりました。」
書斎の扉をゆっくりと開け、最高級の絨毯が敷かれた廊下を歩き出す。
天変地異が各地で起こっている今の状況で、ファルナが立ち上がらなければ、正しい人間は誰も生き残れない。
その仕事に携われるのは、ウルガにとって誇り高く、素晴らしいことだった。
だから、油断した。
自身の首を嘘のように突く金属。黒い影が、肩を揺らしている。笑っている。
ウルガが倒れる皇城の3階。それと同等の高さの時計塔で。その時計塔からここまで、どれほど距離があっただろうか。
それを、アキトは寸分違わずウルガの首を貫くようにナイフを投擲した。
銀色に輝く、森で拾ったナイフを。
「そ・・・んな・・・」
圧倒的な射撃精度、視力、筋力。
そんな領域で説明できない事が、平然と起こった。
黒い髪を揺らす男はきっと、バルバロスを壊滅させた男。
スペルビアには敵わなかったが、大罪を2人は殺した男。
銀色のナイフに塗ってあったのだろうか。体からどんどん力が抜けていき、痛覚も、触覚も、味覚も、聴覚も、嗅覚も無くなっていく。
貫かれた首の痛みと、
ダイレクトに伝わってくる地面の最高級の感触と、
口の中で荒れ狂う血液と、
自分の嗚咽と、
むせ返るような濃い血の匂いと。
消えていく。自分が生きていると言える証が、視覚からの情報しかない。
自分が、死んでいくのがわかる。何も感覚がないから、冷静に死を見ている自分がいる。
それが、気持ち悪い。
嫌悪感が湧き上がり、恐怖心が掻き立てられる。
そして、ゆっくりとまぶたを閉じた時。
死んだ。
ーーーーー
興都が、燃えている。
大地の亀裂を灼熱が走り、業火が街を焼いていく。
焼きただれていく人々。破裂するガラス。全ての音が遠く、全ての景色が遠い。皇の見る世界は全てが遠い。
皇城からその景色を呆然と眺める。心を満たしているのは大きな疑問。
どうしてあの部下が死ななければならなかったのか。どうして民が苦しまなければならないのか。
気付いた時、ファルナに右腕は無かった。
さっきまでの炎舞の世界が、いまは極寒の氷河期に入っている。
全てが凍てつき、凍り、不協和音を奏でる。固まってしまった氷像たちがひび割れて、痛みを忘れて死んでいく。
自分もそれを辿るのだろうと考えて、
「あんたは死なせないぜ。」
凶悪な笑みを浮かべた男が、紫紺の液体をぶつけた。
ひび割れた体が戻り、生命活動を始める。
命の脈動の復活に、歓喜する。死をわすれて、せかいのごうかをわすれて、いてついたきおくをわすれて。
ーーーーー
再建した皇城からの眺めに、ファルナは小さく息を吐く。
他国の住民を拉致して、傷跡を隠すように住まわせる。歪な思考が興国を作り、存続させる。
裏で国を操る男は、今何をしているだろうか。
そう考えてウドガラドの皇は笑う。嗤う。
そんな事はどうでもいいと。取り繕った皇城と国で、ファルナがわらう。
「完全に狂っちまったな。」
扉に背を預け、観察するアキト。それに気付かぬファルナは、精神が壊れている。
アキトの手によって、壊れている。
「ああ全く。どうして人間はこんなに、面白いんだ。」
楽しげな表情で、アキトは書斎を後にする。
向かう先は、新しい所。
歩く中で思い出す。
バルバロスを滅ぼして、大罪囚を全て倒した。
月の連中を片付けて、大した感慨もなく立ち去った。
ウドガラドを手中に収め、もうやる事はない。ならば、
「待たせたなアケディア。」
「カガミさ・・・ま。」
恍惚の表情でアキトを眺める少女を撫で、混沌を眺める。
熱い吐息に答えるようにキスをして、侵入してくる舌を受け入れる。
これだけで命令に従うのだから、簡単だ。
絡めあった余韻を確かめるようにアケディアが吐息を漏らし、震えながら腰を下ろす。
「待っててくれよ。あっちの俺。」
期待に胸を高鳴らせ、漆黒に飛び込んだ。
そして物語は、あの世界へ。