48.【リセット】
手繰り寄せた鎖に、無数のナイフがひっかけられ、服の内で蠢く鎖が肉体を傷つけた。
激痛が走り、あの剣士の周到さに怖気がする。いつのまにやら消えたグレンは、これ異常攻撃はしないらしい。
月ではないラグナを殺さないのには、何かがあったのだろうか。そんな事を考えて、自分の甘さに息を吐く。
自嘲の嘲りを含んだ吐息に血が混じり、またしなくてはならない回復に苛立ちを感じる。
何があった。どうしてだ。
「顕現魔法『パーニッシュ』」
顕現魔法を作り直し、袖から真紅の刃を吐き出す。
グレンは言った。アキトに手を出すなと。殺すなと。
282の命令に従うグレンの言葉だ、おそらくアキトは月。ならば、と。
そいつを殺そう。ちょうどシャリキアの近くにいるではないか。その弱々しい影が。
ラグナはまだ知らない。最強の影のオリジナルが。
ーーーーー
首の骨を鳴らし、座り込んだままだった体を動かす。
全快した傷。万全の体。
パーニッシュが、バネとなる。
バネのように鎖が絡まり合い、カーミフス大樹林の大地を叩く。強固なバネの力で、目で追えないほどの速度を叩き出すラグナ。
眼前の枝をへし折り、舞う木の葉をかき分けて、袖から射出する鎖を先の木に絡め、収納を始める。そうすれば、ラグナの体が鎖の方へと進む。
そして、
「見つけたぞ、シャリキア」
「まだ策はできてねえんだよッ!!」
驚嘆した。あんなに微弱な魔力の癖に、咆哮をあげ、ラグナにさからおうしている。
いや、その姿勢が、腹が立つ。
「パーニッシュ、鎖です!」
焦った口調でシャリキアがアキトに言う。
ラグナの能力をアキトが知ったとて、何かができるわけではない。その事に笑い、袖から鎖を射出する。
先端には、命を切り刻む刃がある。
アキトが叫び、立ち尽くすシャリキアを抱きかかえる。決して落とさないように、そして、飛来する鎖から逃げる。
「なんだそりゃ」
地面に着地したラグナと、アキトのそばに突き刺さっている刃を見て、相手の強さに歯噛みする。
アキトお得意の大脱走をしても、この力ならすぐに捉えられる。
射程も謎、どんな性能なのかも謎。万策尽きた、わけではない。
「お前には、死んでもらいたい。」
「スーパー断る!」
閉まった鎖と入れ替えに、違う鎖を射出する。
スピード重視の鎖の速度をアキトが捉えられるはずもなく、肉を穿つ音が耳朶を叩いた。
内にシャリキアをかばい、背中で鎖を受け止める。なんとか貫通させる事なく、鎖を体内で受け止めた。
驚愕するシャリキアに大丈夫と言葉を投げかけ、突き刺さっていた鎖が抜ける感覚に嗚咽を漏らす。
そして、
「っ!?」
パーニッシュの巻き取りを、ラグナが急にやめた。
「気付いちまったか。」
「な、何をしたんですか?」
尋ねるシャリキアに鎖を指差す。シャリキアの瞳が捉えたのは、鋭い木片がいくつも引っかかっている鎖。
アキトは、グレンと全く同じ方法でラグナを攻撃しようとした。その事実と、木片のせいで、ラグナはパーニッシュの巻き取りをやめた。
「お前、何故こんな方法を・・・」
「とっさに思いついた。それだけだ。」
とっさに思いついた方法で、ラグナを熟知しているグレンと全く同じ作戦を立てたアキトの頭脳に、ラグナは驚きを隠せない。
アキトは、ラグナの鎖をしまうところを少し見ただけで、その作戦を思いつき、実行したのだ。
追撃を急いだラグナでさえも、グレンにこの作戦を食らっていなければ、木片に体を切り裂かれていただろう。
パーニッシュに魔力を流し、まとわりつく木片を粉砕する。
「まぁいい。」
驚いた。驚愕した。術にかかるところだった。しかし、ラグナはかからなかった。
なら、やることは1つ。
「そろそろおしまいだ。」
「ごめんなさい。アキトさん。」
たわむ鎖が、顕現する。
「何言って、事が済んだらいくらでも、今言うのなんて、認めねえっ」
アキトを殺すための鎖が、徐々に形を作っていく。
「保管庫の余裕がないので、アキトさんの中の私達の記憶と、ラグナの中のアキトさんの記憶だけを保管します。」
「ってことは、俺はお前を!」
「忘れます。」
「そんなの許さなっ」
目前に迫った鎖が止まり、叫ぶアキトが止まる。
近くの茂みにアキトを隠し、頭に手を置くラグナを見る。
許されなくてもいい。助けを求めたけれど、能力がないのにここまでしてくれたのだから。
茂みにポーションを放り込み、思考する。
こんな我が儘でアキトを死なせることなど、シャリキアは認めない。
一度助けてと言った心を途中で引っ込めてしまう、シャリキアはそんな、そんな心優しい少女なのだ。
「っ。シャリキア?ああ、やっと見つけた。」
消失した記憶の違和感で、思考がおぼつかないラグナ。そんなラグナは、怒りを忘れたようにシャリキアに歩み寄り、無理やり立たせる。
シャリキアはそれに逆らわず、立つ。
続くのだ。この最悪な日々は。