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前身・その最弱は力を求める  作者: 藍色夏希
第1章【その最弱は試練を始める】
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4.【されど金獅子は届かない】

血、肉塊、鮮血に染まる白い肌。

「ぁぁぁ・・・ぅぁ。」

1人は痛みに悲しく喘ぎ、もう1人は健気に儚く散った。彼にとって、この2人についてはたったそれだけ。罪悪感も、悲しさも、哀れみも、そんな感情は存在しない。

最後に楽に逝かせてやろうと、右手に握る刀剣を構えた。放っておいても死ぬだろうが、これを護ったリデアへの敬意として自身の撃てる最高の剣撃で、痛みを感じる暇もなく絶命させよう。

「リンクフィールド・・・レンタルト・・・ぁ。」

振り返る、右手を伸ばし縋るように何かを呟いた。戯言、妄言の類だろうか、それとも。

リデアの細い指先が、血を撒き散らし振り下ろされた。それは、力尽きたとも取れたかもしれない。でも、そんな薄い警戒を恨んだ。

半透明の結界が、血まみれの肉体にふたをした。

「結界・・・!?。まだ小技を・・・。」

「リ・・・デ・・・ア・・・。」

弱々しいアキトの声が、リデアを呼んだ。少女の傷を安じ、紅に涙している訳ではない。

ーーー立てよ、

自身の中の冷たい心に、激痛の中で驚いた。とっさに出た声は、ただ立て、闘え、助けろという最悪の悪感情だった。

死力を尽くしたリデアに対し、糾弾の声を掲げた。

「・・・か。」

剣を振り上げ叩き落とす。大気に溶け、色素をなくしたフィールドに、渾身の一撃を叩き込む。甲高い高音と、生み出された波動がフィールドを激震させた。そう、激震させた、だけ。

フィールドには、亀裂が見当たらず、未だ大気に溶けた内側には血塗れの肉体が転がっている。

「アミリスタ製の最高結界よ、簡単には破れない。」

いつの間にか立ち上がっていたリデアに、少しの驚愕を覚える。しかし、それもつかの間、すぐさま攻撃対象を変更。それに備え、リデアが構える。

「屈縮術だ。」

「んなっ!?」

掌が腹を押し、縮んだ腕が解放。くぐもった爆音が、リデアの悲鳴とともに挙がった。

垂直に吹き飛ばされ、思わぬ浮遊感に思考回路が混乱した。頭の中で渦巻くのは、疑問。対人経験の少なさが、負傷を負わせた。あの距離から、あの速度で人間は距離を詰められない、詰められないはずなのだ。

「ゔっ!」

樹木に激突し、硬い樹皮の感覚に呻き声を漏らす。追撃は、と警戒し、気付く。

「屈縮剣技、死突だ。」

両刃の刀剣をレイピアのように構え、胸の前で剣先をリデアに向ける。空気を切り裂き妙技、屈縮剣技が発動。走馬灯のように目の前の刀身がゆっくりと、近づいてくる。死を運ぶ刃を、一瞥。

ーーー世界の果ての大絶壁、その再現。

マナが粟立ち黄金の大質量が、現れた。突きにシールドという行動は、ミスマッチ。一点突破で最大火力を叩き込んでくる相手に、わざわざ広い壁で応戦する。

「血迷ったか?」

はずもない。そんなバカな選択は、しない。

突撃がマナを突き破り、鋭い切っ先がリデアの頭蓋を叩き割り・・・空突きされた刀身が、硬い樹木に深々と突き刺さった。そして、

「そういう事かッ!」

矢の如く素早いステップで、いや、それは矢だった。

世界の事柄を再現し、その刃で命をすする。世界再現魔法。それが、少女の内に眠る才覚であり、あの激戦の証。

放たれた刃を再現し、その矢に飛び乗った。驚異的なバランスで、なおかつ魔法を発動させながら。

黄金の輝きが乱反射し、飛来する死に瞼を閉じた。瞼を閉じて、

「づっ!」

「やはり・・・。」

引き抜いた剣で腹を切った。

自身の横を通り過ぎた隙に、脇腹に刃を突き立て悲鳴に構わず振り抜いた。空振りした魔法が明後日の方向に飛ぶ中、荒い弱い呼吸を繰り返すリデア。

血は止めた、マナも回復させた、それでも、どれだけ裏をかいても、相手の強靭さが何枚も上手だ。フィールドは1つ。アキトはおそらく守れる。しかし、リデアが倒され、フィールドの許容範囲を超える攻撃をされれば、アキトも助からない。

「ねぇ、あなた何者なの?それだけの腕なら、興国でも重宝されるでしょう?」

時間稼ぎ。体力がもつか、それを無しにすれば、相手の挙動を監視できる。

「興国か、それを聞くのは久しい。」

「?」

「あの国は、思っていた以上に腐ってたのさ。」

「ファルナ興皇の代を知らないの?」

喋りすぎた。自身の素性を、竜伐に知られては厄介だ。

鋼の重みを握りしめ、構える。あの国は、いや場所を考えると、この国は、腐っていた。歴史に残る害獣討伐にも、戦争にも、数えきれないほどの死地に送り込んで、この力を警戒し始めると、とうとう投獄という暴挙にでた。ファルナ興皇といったことから、皇は変わったのだろうか。

「まあ、いい。」

「賢者様・・・!」

屈縮術発動直前、リデアの口から紡がれた言葉に絶句した。術を解除、剣を収める。

その少女は、多大なリスクを負ってでも知りたいと言える『情報』を持っていた。

賢者、賢者、賢者、賢者、賢者、賢者、賢者、賢者。

あの日、投獄されてから始めて看守にあった。その時に、連れていかれた自身の半身のような存在。

「賢者、いや、その『愚者』について、お前は何を知っている。」

彼の所在が、彼の居場所が、ここにあるのか。

ーーーここに在る()のか。

リスクと激情を孕んだ声は、怒声によってかき消された。


「あの方を愚者などと呼ぶな。」


己の傷など意にかえさず、ただこちらに怒りを向ける。全身をよぎったのは、悲痛でも、恐怖でも、憤怒でもない。

安心だった。

相棒の居場所は、ここに在り、ここに作られていた。


ーーー世界再現魔法。竜の咆哮。

衝撃波と爆音が、マナと暴風が叩きつけられた。地面を踏み込み、大地が割れるほどの猛攻に瞳を細める。

血が必要量無い、体力が無く憔悴している。その状態で、ただでさえマナを消費する世界再現魔法を発動した。怒りによって狂った判断が、破滅を招いた。

「ぁ・・・・・・れ」

両膝が地面についた。激痛が頭蓋を打った。倒れそうになる体力と、それを叱責する気力。葛藤する現実と幻は、1つの小さな体を大地にひれ伏させた。

「ツキを持つ国など、ろくな事にならん。」

静かに聞こえたつぶやきが、静かに聞こえた哀愁が、その意識の最後だった。

「・・・ん・・・だよ。」

「?」

「助けろよ・・・立てよ」

「こんな者のために、何故。」

うるさい。痛くて、辛い、なのに、なぜ倒れる。俺は弱いんだ、助けろよ。

最弱は、叫ぶ。声を上げて。心のなかで。助けろよ、逃がせよと。

「俺は・・・弱いんだよ・・・助けろよ・・・」

「自分を棚に上げるなよ、最弱。」

「あ?」

心臓が凍えるような、世界が固まるような、そんな事を考えるほどの殺意が、アキトに降りかかった。鉛のように重い体に、殺意という重しが上乗せされる。

「弱い事を誇って、自分に酔っているのか?」

「・・・」

殴られたように、重くのしかかる。糾弾に精神が摩擦し、殺意に心が凍った。

何を言っている。弱いから、守れ、自分を棚に上げている貴族を、守るんだろう。だから

思考が、瓦解した。ひび割れて、崩れ落ちて、だって自分で言ったのだ。棚に上げていると。

この化け物の言う通りで、だからといって彼は罵詈雑言、糾弾の声を緩まない。

「アルナも、そんな奴だった。」

「何を・・・。」

「ちょっと傷を負った位で泣きわめき、弱いからと言い訳して強くなろうなんて考えない。」

声が、歩いてくる。死の足音がする。

「お前みたいなのが、世界を腐らせる。」

耳がいたい。糾弾の声が、まだ響いて痛い。

心がいたい。敵の言っている事が、どうしようもなく本当で痛い。

頬がいたい。切り裂かれて、血を流す、大して大きくない傷が痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


「憎い。」


「竜伐のほうが憎いだろうよ。お前が。」

立ち上がる。無力を認めて詰られて、力を頼って嫌悪された。

やってやる。自分が蹲っているだけの奴じゃないと、思い知らせてやる。この力で、異世界の来訪特典なんて無くても、こんな奴。


「もうひとつ。それを、自分に酔ってるって言うんだ。」


結界を抜けて、進んだ、目に捉えられない蹴りが、顔面を殴打した。

自分に酔って、相手を舐めて、力量も分かっていたのに。バカで間抜けで最悪な弱者は、簡単に吹き飛ばされた。泥にまみれた最弱は、ネジ曲がった心と、泥のような憎悪が重なりあって、実に似合っていた。

最悪で、最弱の少年の1つ目の試練の始まりだった。

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