44.【大賢者の血脈】
「どうもこんにちは。宿を用意させます。どうぞそこでお休みください。」
取り繕った敬いに、取り繕った笑顔を返し、慣れた扱いにため息を吐く。
皇城の魔術士達に強制され、簡単に死地に私は追い出された。
あの黒竜討伐作戦で仲間を失ったものは多い。だからこそ、生き残ってしまった私達への対応は、人によって様々だ。
多くの優秀な師匠、弟子を失った彼らに、生き残った私が軽蔑されるのは、仕方がない。
私は、逃げたから。逃げてしまったから。
水色の少女について行き、簡素な宿に案内される。
絶望で塗り固められた瞳と、ガルドの対応で、私はこの村の実態を、あらかた察した。
こんな私が、状況を変えられるはずもなく、レリィという少女を救う事は出来なかった。
「はぁ。」
ため息が、もれる。
誰かの手が肩にかかる。
女にしては筋肉質で、男にしては綺麗すぎる手が、私をねぎらうように右肩に触れ、
「あっ」
虚空をかいた私の手は、誰かの手など触れなかった。
どうしてだろう。私は、なぜか考えてしまう。いつも隣で笑い掛け、肯定してくれる少年が、居てくれた、はずなのに。
そんなもの、切羽詰まった感情が映し出す幻想なのに、あそこまで鮮明に、優しい掌が見えた。
どうしたのだろう。
明らかに今日はおかしい。
私は違和感を思考から追い出して、興都からの道を思い出す。
順調に徒車にのり、順調に村にたどり着き、順調に宿で休んでいる。
もっと、何かがあったはずだ。
こんなに簡単に村にたどり着いたら、おかしいのに、どうしておかしいのかがわからない。
「今日はもう、寝よう。」
原因の解明を諦めて、魔力灯をきる。
ゆっくりと布団に入り込み、まぶたをとじる。きっと、どこかで知っている世界では、こんな簡単には眠れなかった。
こんなにくしゃくしゃな気持ちを、持って居なかった。
そんな雑念を追い出すように、私は小さく寝返りをうつ。
ーーーーー
ファルナ様から聞かされた情報で、討伐隊が組まれたが、竜伐なら行ってこいと、私は送り出された。
世界の厄災と黒竜戦の恨みを天秤にかけて、彼らは恨みをとった。
憎しみは、憎しみしか生まない。
それを、私は知っている。
「朝・・・か。」
早朝の冷たい空気、喉のつかえる感覚。窓の外に覗く景色に、呟いた。
アワリティアの捜索をしようにも、どうやって探せばいいか、どうやって倒せばいいか、私にはわからない。
無論、大仕事を任されたのだから、それを不躾にするつもりは毛頭ない。
しかし、ここまで無謀な任務を押し付けられると、私でなくても困ってしまうはずだ。
あの悪そうな村長がいる以上、この村はあまり環境が良くないかもしれない。
そんな誰にも聞こえない建前をつけて、私は村を見に出かけた。背後に宿の監視者を連れて・・・。
大きな木に周囲を囲まれるこの村は、朝霧に包まれある意味幻想的な風景を作り出していた。
高い所から見れば、絶景であること間違いなしだ。
「?」
そんな事を考えながら歩いていると、大木の間に屋根をつけ、お粗末な小屋にした場所と、1人の子供を見つけた。
茶髪を短く切り揃え、なかなかの美形だった。
あの場所で何をしているのか気になり、近づいてみる。
草を踏む音がかすかに響き、少年が顔をあげる。
「ねーちゃん!何してんの?」
質問を先にされ、どう答えるか困る問いをされる。
これはどう答えるかのが正解だろうか。
さすがに、あなたが何をしているか覗きに来ましたじゃダメだろう。
「少し村を散歩していたの。」
「そーなの?はっ!もしかして、そんちょーの手先か!?」
「えっ?違うわよ?」
何か変な誤解をされ、それを即座に否定する。
まだあったのは一度だが、あんな人間と同じ場所で働くなど、私的には最悪だったため、とんでもない誤解だ。
「私はこの村の調査をしに来た竜伐。リデア、ファルナ様の部下よ?」
子供に理解できるかはわからなかったが、とりあえず肩書きを名乗っておく。
こういう時に地位を持っていると、不審者扱いされなくて助かる。
心の中でファルナ様に感謝して、少年の反応を伺う。
ふるふると顔を震わせ、その子供は、
「竜伐!?でっかい竜を倒した?」
「え、ええ。」
結果的には、指示を的確に出したヴィーネと、そのヴィーネを守ったアミリスタ、指示通りに攻撃した私達全員が功労者であり、貢献者だ。
目をキラキラ輝かせる少年に問う。
「あなた、名前は?」
「俺?俺は・・・」
聞き返す。
「だから、ハルト・シャーグリン!」