41.【付け焼き刃の台詞さえ】
「時間ですか?ああ、これは私の、いや母の遺産・・・ですね。」
暗い面持ちで語るシャリキアは、穏やかに悲しみを織り交ぜた声音で話す。
時間について尋ねたアキトに帰ってきたのは、その言葉だった。
「虚空保管。私の脳に、見えない物ならどんなものでも保管できるんです。時間さえも。」
「じゃあ・・・」
「はい。あなたが巻き戻ったあの瞬間から先、アワリティアを倒した未来は、いま私の脳のなかにあります。」
虚空保管と呼ばれたその能力。シャリキアというか弱い少女に、世界は力を与えてしまった。
持て余すような力は、利用されるだけ。
シャリキアは、その悪辣な愚弟に、利用されていた。道具として。
「怒って、いますか?」
「?」
おどおどした様子でアキトを見るシャリキア。潤んだ瞳は紅く輝いている。
アワリティアを倒して、レリィを救い出し、グレンの猛攻を振り切ったアキトの時間を封じ込めてしまった事に、その少女は罪悪感を抱いている。だから、そんな投げかけをした。
逆に言えば、そんな問いをするような少女でさえ助けを求めてしまうくらいに、環境は悪かったんだろう。
だから、そんなシャリキアを叱責する事などない。
「怒られることなんてない。助けてほしい時に助けてほしいと言える。良い事だ、それすらできないような子がいるんだからな。」
そう、助けてほしい時に助けてと言える。それは、人を頼るという正常な心を持っている証だ。
頼りたくても頼れなかったレリィと違い、アキトは人を、レリィ達を頼れない。
戦略に協力してもらう事はあれど、作戦を全部丸投げして助けてもらうという考えを、壊れているアキトはできない。
正常な心を持っているシャリキアは、悪くない。
「・・・すいません。」
「謝るな。」
きっと、その謝りは、アキトにそんな事を言わせた事への謝罪だったのだろう。感謝を織り交ぜた。
しかし、それじゃダメだ。
「謝るな。」
もう一度言い、
「言うなら、事が済んだ後でありがとう、だ。」
「!・・・」
呆気にとられるシャリキアが小さく吐息を漏らし、ふふっと笑った。
美しい微笑に驚き、アキトも一緒に笑う。
「そんな事言ってくれる人、初めてです。」
目尻の涙を人差し指でぬぐい、正真正銘の笑顔でシャリキアが言う。
その言葉に、アキトは心の痛みを隠せない。
こんな付け焼き刃の台詞さえ、だれも彼女には言わなかった。それは、どれだけ辛く、どれだけ悲しかったか。
「なぁ。」
「なんですか?」
「傷について、聞いて良いか?」
時折見える痛々しい傷の数々。
青く刻まれているものもあれば、まだ紅く血濡れているものもある。もはや、日常的に傷付けられていると言っているようなものだ。
その傷についてずかずか踏み込むのも気が引けるが、状況の突破のため、何より、助けたい一心で問いかける。
「この傷ですか?」
笑っていた横顔が、しゅんと項垂れ悲しさを表していた。
傷を見られたくなかったとか、そんな軽々しい物じゃない。それは、傷付けられた時を思い出して、傷付けてきた相手を思い出したことによるものだった。
その痛みを押し殺し、シャリキアが語り出す。
「私の虚空保管から、無理やり力を引き出すあの人が、この傷の原因です。内部の力を無理矢理引き出せば、引き出す際にその力が私を傷つける。ただ、それだけですよ。」
虚空保管に封じ込められた力。その力を、無理矢理引き出す。そうすれば、中から外に出る際に肉体を傷つけてしまう。
その時の痛みを、アキトは知らない。
どんな激痛が襲うのかも、どんな蹂躙が襲うのかも、何もかも知らない。
それでも、並大抵の痛みじゃないはずだ。
「それじゃあ。それをしたやつは、」
「ウドガラド・ファルナ様の弟『ウドガラド・ラグナ』です。」
ウドガラド・ラグナ。
グレンの言っていた王はアルナ、ファルナとラグナはおそらくその息子であり、何故かこの非人道的な戦闘法を使っている。
国が認めるはずがない。使うたびに相棒を傷つけるような力を使う事を、国が許すはずがない。
それを許すような国は、ろくなところじゃない。
けれど、ウドガラドにはリデアがいる。そんな国ではない。
まだ悲しげで、自虐的な笑みを浮かべるシャリキアに、少しでも元気になって欲しくて言葉を投げかける。
「ウドガラドって、どんなとこなんだ?」
「興都ですか?とても素晴らしい街です!」
鼻息荒く、嬉しそうに語るシャリキア。
ラグナとともに興都に出向いたことがあるのだろう、こんな境遇の少女が済んで見たいと思わないわけがない。
シャリキアにとって興都は、理想のようなものだったろう。
救い出さなければ。そう強く刻む。
「子供たちが元気に遊んでいて、市場の人だかりはすごいんです。」
「そうなのか?」
「はい。昔の大火災で燃えてしまった区画もありますが、そこの修復も始めるところで・・・」
理想を、語り続ける。
シャリキアに理想を見せてやろう。興都という街に、住まわせてやろう。
そのために、絶対に、救い出す。