40.【君を絶対に救い出す】
乗り込んだ徒車の中、静止した世界。
風に吹かれ舞い落ちる木の葉が、止まった。空中で、そして、
「ごめんなさい。」
世界が、逆流する。作り上げられた過去が、吸い込まれていく。何かによって吸い込まれていく。
後悔をなくせたレリィの事も、
ガルドのバラサイカを破壊した事も、
アワリティアを滅した事も、
ツリーハウスの約束も、
グレンを封じたあの時も、
全ての過去が吸い込まれ、時が遡る。
「っんだ、これ!?」
胃の中で暴れるポテチとコーラ。吐瀉物を吐き出しそうになるのを必死で抑え、木々で埋め尽くされる世界を見る。
召喚される前に食していたポテチやコーラの味を、舌がまだ覚えている。しっかりと、鮮明に、
そして、ここは、アキトが召喚された場所。
「時間が、巻き戻った!?」
考えられる可能性はそれくらい。それ以外にない。
「流石です。突飛な発想をする人を、求めていました。」
幼い声に驚いて、壊れかけの機械のように首を動かす。
それは、恐怖とまさかな、という少しの諦めだった。無理もない。ここは、アキトがアワリティアに襲われた場所だから。
その大罪囚の姿を予感して、
「君は・・・」
白い幼女に首をひねった。
透き通るような白髪に、鮮血のように鮮やかな真紅の瞳。人々をその魔性で虜にできるであろう美貌が、佇んでいた。
長い髪を揺らしながら、困惑するアキトの手を取る。そして、走り出す。
「ここにはすぐに・・・アワリティアが・・・来ます。逃げま・・・しょう。」
「うあ、ああ!」
いつまでたっても状況は理解出来ない。しかし、アワリティアが来るという事は、アキトも理解している。
ただただ怖いだけの場所に居座る理由もない。少女の手を握り、走る。
ーーーーー
「単刀直入にお聞きします。あなたは・・・ツキ・・・ですよね?」
「!・・・まぁ、そうだが。」
少女の言うツキ。ツキという肩書きと強力な戦闘能力を持つ。が、アキトはツキなのにも関わらず能力がない。
何かと命を狙われるツキが、能力を持っていない。戦場で撃てない銃を握っているようなものだ。
撃てない銃はただの鉄の塊。重いだけ。アキトのツキの肩書きも、ただ重いだけのいらないものなのだ。
「能力・・・・・・は・・・」
「いや、俺は能力は持って、」
「ぇ・・・?」
「るよ!」
正直に能力を持っていない事を伝えようとしたアキトを、その純粋な瞳が射抜いた。
宿した悲しみに当てられて、とっさに能力を持っているなどと口走ってしまう。
「ちなみに、どんな能力を!?」
「あ・・・えーーーと」
他のツキがどんな能力なのかが分からない。
アキトが知っている唯一のツキはアカネで、悪魔の力とツキの力の見分けがつかないアキトに『その強欲は刃を求める』の事が分かるはずがない。
ならば、持っていても不思議じゃなく、強力すぎない力。
「俺の能力は、高速思考。敵を倒すための作戦を、合理的かつ現実的に組み立てられる。がっかりか?」
「い、いいえ、心強いです!」
地味だが、ありそう。
そして、何よりアキトができる。
地味すぎる能力にがっかりしたかと思ったが、その少女は瞳を爛々と輝かせて両手を振る。
「お前、名前は?」
「シャリキアと申します。」
「そうか、俺はアキト。んで、心強いってのは?」
気になるワードについて問い、嫌な予感が身を焦がす。
「助けてください!」
予感的中。逃亡用意。運動部の力を見せてやれ。
しかし、逃げようとするアキトの腰に抱きつくシャリキアは離れようとしない。
お願いします!と叫ぶ幼女。周りから見ればどうにも怪しい構図だが、そんな大声を出していいものかと心配になって来る。
アキトが命を張って守りたいと思うのは、リデアとレリィだけだ。
アキトの過ちを優しく許し、無謀な挑戦に勇気を振り絞って参加したリデア。
孤独の2年を生き抜き、生まれ持った慈愛に満ちた性格でアキトに協力したレリィ。
2人とも守りたいと思い、失いたくないと思う。
「しょうがねぇ、どんな要件だ?助けてほしいってのは。」
目尻に涙を浮かべたシャリキアが、ぱぁっと笑顔の花を咲かせた。
まだ助けるとは言っていないが、そこは大目に見る。案外、猫を探してほしいとかそういうのかもしれない。
少しの希望を、
「この国で最強とされている王様の弟を倒してほしいんです。」
さようなら、また会えるといいですね。
爽やかな笑顔を向けてアキトがクラウチングスタートの構えをとる。
「お願いします!」
また捕まった。
少女の癇癪はおとなしく、声が大きいわけでも、力が強いわけでもない。ただ、切羽詰まった空気があるだけで、
ただ、それが少し気になった。
シャリキアは、アキトの能力を信じて、敵を倒す手段をしっかりと編み出せると思っているらしい。
「俺に単体の戦力は無い。計画を思いついてもできねぇよ。」
「そう・・・ですか・・・。」
俯いた少女の声音に罪悪感を覚えるが、自分の命には変えられない。と思っていた。
俯いた少女の首筋には、幾多もの傷。まだ血が滲んでいるものもあり、生きているのが不思議なくらいに、少女はボロボロだった。
きっと、首筋だけでは無い。体中にあるのかもしれない。髪が白いのだって、それが原因かもしれない。
「助ける。」
「ぇ?」
少女の置かれた状況が、きっと苦しく辛いものだろう。それを、少しでも和らげるためにここまで感情露わに頼んでいるのかもしれない。
それは、滑稽。いや、悲しい事だ。
絶対に、助ける。