39.【長く続く告白の夜】
「なぁレリィ」
「なんですか?」
備え付けのテーブルと、付属している椅子。簡単ではあるがキッチンのような場所もある。さらに、2部屋、トイレ、風呂、リビング無しでも生活できるほどに、一部屋は広い。
つまり、
「これ、だいぶしたんじゃ?」
「はい。でも、アキトさんのためなら安い買い物ですよ?」
「そ、そうなの?」
レリィの交渉に応じて、アキトは同じ場所に住む事になった。
しかも、部屋代をレリィ持ちで。
そこまでしてもらったため、レリィの預かっているアキトへの報酬は、まだ受け取っていない。
「ここまでしてもらったんだ、俺にやってほしい事があったらなんでも言えよ。出来ない範囲でもやってやる。」
「本当ですか!?」
申し訳なく思い口にした苦し紛れの感謝を、レリィは目をキラキラさせて喜んだ。
そこまで喜ばれるとアキトが照れくさくなり、頭をかいて微笑する。これだけレリィが感情を表すようになり、アキトも喜ばしく思う事が増えている。
全く感情を表に出さなかったあの樹林と違い、レリィにも安らぎができたようで、
残っている少女の後悔を、腹立たしく思う。
根源をぶっ潰してやりたいほどに。
ちなみに根源はアキトである。アキトへ想いを伝えられなかったレリィは、密かに後悔を抱いていた。
それでも、いずれカーミフス大樹林でその後悔を消そう、と。しっかりと約束した。決して解けないように、固く。
「んじゃ、俺はそろそろ寝るけど、いいか?」
「はい。私もそろそろ寝ます。」
一応の部屋割りはしてあるため、夜遅くならないように就寝準備。
アキトの長い夜を、なかった物語を、語ろう。
ーーーーー
いつ作戦が決行され、興都が襲撃されるかわからない。万が一すぐに襲撃が来た場合、アキトはアミリスタと行動することになる。
レリィは安全な場所に匿って、アキトが命を張ればいい。
ーーー殺して・・・
心に直接語りかけた声。それは、アキトの最大の後悔が生み出す声で、ただの幻聴。なのにも関わらず、どうしてこんなにも心を掻き毟られるのだろう。
アワリティアから受けた魔力より、グレンから刻まれた剣閃より、どんな現実の痛みより、その声が、悲痛の表情が、痛い。
死んでしまうくらいに。
襲撃作戦が起こる事が決定し、シャリキアを助けるのが難しくなった。むしろ、助けられるはずが無い。
もう一度会う事さえ出来ないかもしれない。助けるなど、出来ない。諦められないけれど、諦めなければならない。
でも、諦めた世界を、アキトは悔やんでいる。こんなにも、悔やんでいる。
「どうすりゃ、いいんだよ。」
掠れそうな声が、息をついて出た。
現実を見たく無い。現実を知りたく無い。あの少女を助けたい。
自身の限界など考えず、付き従ってしまうのだ。従わなかった時の悲痛を、シャリキアは知っているから。
助けてほしいと伸ばした手を、途中で引っ込めてしまうような、優しくて、臆病な少女だから。
助けたい。
嗚咽が漏れる。涙が頬を伝い、ベットに落ちた。
また、アキトは閉じ込められた。
興都襲撃という巨大な壁に、シャリキアを利用するあの男の重りに、
どうして、涙がこぼれる。泣きたいのは、シャリキアの方だ。
来るかもわからない助けを求め、理不尽に叩き潰される。涙を流したいのは、シャリキアだ。
助けられない少女だけを思って滂沱するアキトごときに、感情を溶かす事は許されない。感情を溶かして、瞳から溢れさせる事は、許されない。
ベットから立ち上がる。
おぼつかない足取りで、涙をすすりながら歩む。
別に、何かがしたかったわけでは無い。隠していた感情の決壊に、少し参っただけで。
ガタリとドアを開け、
「ひゃっ!!」
「なっ!」
待ち構えていた水色の少女に息を漏らした。
「な、なんで」
「あ、い、いや水を飲もうと思いまして・・・。」
アキトの寝顔を見るか見ないかで葛藤して、部屋の前でアワアワしていたレリィは、苦し紛れの嘘を吐く。
この時だけは、アキトの鈍感さに助けられる。
しかし、
「あの、涙、」
「え、あ、ああ」
「・・・」
自分の頬を触り、雫のついた手を見つめる。
なんと言おうか、考える。この心優しい少女ならそう簡単に放してくれないだろう。
「なにか、あったんですね。私に分からない何かが。」
以外にも、レリィは強く理由を問い詰めなかった。
少しの驚きと一心の納得を得て、口を開く。
「たいした事じゃ、無いんだけど・・・」
声が、潤んでいる。まったく説得力が無い。何かがありましたと公言しているようなものだ。
けれど、そんな都合よく声音は変えられない。せいぜい某人気ネズミキャラクターのクオリティーが低いモノマネができるくらいだ。
場違いな現実逃避、
「アキトさん私を助けてくれた時、覚えてますか?」
「ぇ・・・?」
カーミフス大樹林で、
「私は何も言ってないのに、全部わかったように助けてくれて。」
レリィの事を、
「私は、アキトさんみたいに全部は分かりません。だから」
だから、
「言ってほしいです。」
助けてほしいって、とレリィは慈愛の瞳でいう。
アキトは、シャリキアに助けてと言えよ、と笑いかけた。それに追い詰められて、忘れていた。
この美しい少女の事を。
アキトも助けてと、そういえば、良かったのだ。
「助けて、ほしい。」
「私でよければ、いくらでも。」
「話すと、長くなる。」
「一晩中でも、一日中でも、いくらでも聞きます。」
「信じてもらえないかもしれない。」
「アキトさんのいう事を、信じないわけありません。」
自分にはもったいないくらいいい少女で、その暖かさに再び涙が溢れて来る。
長い、夜になる。アキトの後悔を打ち明けて、それを脱するために奮走する。長い夜に。
リビングのテーブルに腰掛け、
「あれは、興都行きの徒車の中から始まったんだ。」
たどたどしく長い夜を始めた。
次回で40回目です。本編では39です。本編が50回目とかに番外編でも書こうかと思っています。物語がひと段落してたら番外編を書きます。どうぞお楽しみに。