3.【渦巻く劣悪】
「地面が・・・陥没した?。」
アキトの困惑に震える声に我に返り、金の少女が振り返る。
先程まで死闘を繰り広げていた悪魔とその主。
「あ・・・れ・・・?。」
強烈過ぎるほどに存在感を放っていたあの狂刃たちは、今や影も形も残さず消えていた。
粉塵舞い落ちる大樹林の中で、忽然と消えた恐ろしいタッグの消失は、完全なる予想外であり、完全なる不安要素だった。
先程、少女がローブの者を見つけた時を考えると、近くにはいないはず。
となれば、考えられる事は1つ。
「この穴を飛び降りたわね・・・。」
「そんな・・・。」
平然とそう告げて、美しい少女がそこの見えない奈落のような大穴を覗き見た。
もはや、アキトの知る常識は全て頼りにならないのであろう。
混乱の渦に巻き込まれ、思考が現実逃避を始める。
ーーー恐ろしい悪魔も、
ーーー超常の能力も、
ーーー太陽が無い快晴も、
これらが全て夢なのでは無いか?
「ねぇ!。聞いてる?。」
「えっ!。ああ。」
完全に聞いていなかった。
そういえば、アキトを化け物から守り抜いた少女の名も知らない。
整った顔立ちに、普通以上に膨らんだ胸、出るところは出て締まるところは締まった美少女だ。
「そ、それでなんだっけ?。」
「聞いてないじゃない。!」
頰を膨らませ、怒るような仕草で少女がアキトに歩み寄る。
そして、その仕草を安心させるような微笑に変えて、アキトに名乗った。
「竜伐第1聖。リデア。よろしくね。」
どうしてかは分からなかったけれど、金の少女リデアは申し訳なさそうに笑って握手を求めた。
美しい碧眼の奥に鋭い痛みが見えて、だけど、それを聞く勇気は持ち合わせていなくて。
今は、差し出された手を取る事しか、できる事はなかった。
ーーーーー
「そうね、カーミフス村までは遠いから・・・。」
あたりを見渡したリデアが、思考する。
それは、アキトのこの世界の常識を全くと言っていいほど持ち合わせていないからだ。
異世界召喚だなんだと説明しても、混乱を招くだけだろうとアキトはリデアに事情を説明していない。
そして、それを説明するための休息施設のようなものを探しているのだ。
「そういえば、ここはなんなんだ?」
「ああ、ここは。」
巨木を見上げ、疑問を問うアキトにリデアが返す。
「カーミフス大樹林。大辺境よ。」
「なるほど。」
「分からないの?」
「うん。」
「あれ、ごめんなさい。」
落胆するように顔を俯かせるアキトに、地雷を踏んだかと顔を青くするリデア。
状況の悪さに歯噛みしていたのは事実のため、リデアの言葉は割と刺さった。
だが、落ち込んでいても仕方ないと顔を上げる。
「カーミフス村だっけか?。行ってみるしかないよな。」
「そうね・・・。」
少し不安そうにリデアが呟いた。
その原因は、アキトにもわかる。
「不安要素か。」
「うん。」
「リデアは強いんだよな。」
先程の戦闘を見て、リデアの絶技と戦闘技術は分かっていた。
しかし、問われたリデアの反応は、任せろというよりあまり芳しくない表情だった。
「敵が強いと、私が強いとはいえないかも。精霊王の精霊を2体も倒しているもの。」
分からない単語はあったが、強いのだ。
圧倒的な力と悪魔の操作、自身の力が高いからこそ生まれるのだ。
バケモノは。
「さて、どうしましょうか。」
顎に手を当て、形の良い眉をひそめる。
相談が必要でなくても、休息できる施設へ向かいたい。
しかし、そのためには襲われるリスクを冒さなくてはならない。
「なぁ。」
案を練るリデアに、唐突にアキトが話しかけた。
瞳を開き首を傾げる仕草をするリデアに、続行の意を見たアキトは続ける。
「なんで、あの時地面に穴が開いたんだ?」
「うーーん。」
やはり、リデアにも分からないらしい。
圧倒的有利な状況で逃亡したマモンたち、そして急に陥没した大地、謎は深まり突破口は少しも見えない。
ならば、とリデアが決断する。
「進みましょう。カーミフス村へ。」
「ああ。」
静かに相槌をうち、リデアの視線の先をたどる。
アキトの遭遇した異世界召喚は、御都合主義を知らないらしい。
倒れた樹木、絨毯の如く撒き散らされている木の葉、その下には石を使って作られた道がおまけのように見えていた。
倒れている樹木の中には、空洞になっているものもあり、相当年期が入っている事がわかった。
「じゃあ、行くわよ。」
「おう。」
早速その道に沿って歩き始める。
カーミフス村に行くと決まってしまえば、道中に話ができる。
ようは、一石二鳥なのだ。
「それで、竜伐とは?」
自己紹介の時から気になっていた、竜伐という言葉。
何かの職業かとあたりをつけていたアキトの予想は、正解だった。
「数年前、黒竜を倒した最高貢献者・・・3人の肩書きよ。」
誇っていいような肩書きなのに、僅かに自虐的な感情が見て取れた。
悲しそうに潤んだ瞳も、そう感じさせる。
「それで、竜伐は第1から3聖までいて、私が第1聖。」
自身の胸に手を当てて、リデアが自身の素性を説明。
残り2人、竜伐がいることになる。
「竜伐第2聖は、結界術士アミリスタ。」
リデアは、慈愛のこもった声で結界術士の名を呼んだ。
魔法の一種なのであろう結界の能力、リデアの火力と相性は良さそうだ。
「第3聖は?。」
アキトが残りの1人を問うと、少女が頷き口を開いた。
「竜伐第3聖、王剣ヴィネガルナ。」
彼女の声には、絶えず竜伐達への親愛が見て取れる。
死闘を共にし、強敵を討ち取った少女達の絆は深い。
「それじゃあ、あの化け物は・・・。」
「あいつらは、アワリティアと対応悪魔マモン。」
少女が沈鬱そうに呟いた。
竜伐という肩書きを背負わされて、この死地へ駆り出されたのだろう。
しかし、この少女は、全く関係ないアキトを助けた。
アキトを奴らが仕留めている間に、不意討ちすれば勝率も上がったろう。
それでも、リデアはアキトを助けた。
「俺も、何か。」
「何て?。」
「あ・・・いや・・・。」
思考するあまり出た声、悟られまいと顔を俯かせる。
疑問符を浮かべる少女に、作り笑いをして空を仰いだ。
ザクリと枯れ葉を踏み、疲弊する体に鞭を打つ。
「ほう。」
刹那、アキトの頬を剣閃が走り、鮮血が顔を染めた。
左目の端に紅を捉える。そして、それが自身の血だと気付いた時、猛烈な痛みと灼熱の激情が脳を支配した。
「ぐうああああああああ!!。」
傷が深くついた。
口内に鉄の味が充満、全身の感覚が麻痺していく。
膝を折り、地面を這い、血で作られた泥に倒れる。
「・・・!?。」
リデアの驚愕の表情、そして良く通る声。先程の嘆息は、ローブの者だったのだろう。
しかし、走る激痛と鋭い剣戟の余波が、迅る思考を停止させた。だくだくと流れ落ちる血液の感覚がひどく気持ち悪い。
「ああああああああっがあああ!!。」
悲痛を叫ぶ。ただ痛い、痛すぎる。刃物で負った傷は数えるほどではあるが、日本で受けた。あの世界では、調理のために、作成のために、得のあることにしか使った事はない。
初めて受けた悪意の刃は、冷たい血の味がした。
「お前っ何者!。」
「名乗る訳には・・・。」
リデアの叫びと呟く声、金色の脈動が波打ち宝玉を見た。細かく刀身で打ち流し、リデアに強く踏み込んだ。
「いかん。」
地面が隆起し、土が舞った。粉塵が視界を埋めるこの状況で、攻撃に出ない手はない。もちろん、その思考は両者にあり、鋼の輝きがリデアを凪いだ。
「づっ。」
「竜伐リデア。心苦しいものだ。」
「何をっ!!。」
相手のつぶやきに乗せられる。戦闘中に喋る事など、できる者は少ない。わざわざ集中を乱すものか。しかし、先程の剣閃により肩口を抉られたため、戦況は悪化していく。
「はあっ。!」
掌を突き出し、超質量のマナを実体化させる。バキンと甲高い音をたて、美しい黄色の花が咲き乱れた。いや、それは花をかたどる大魔法だった。
ーーー植物の如きその魔法は、獲物を絡めとり花弁の刃を
「今のはマナを使ったろう?。」
ほくそ笑んだ口元が見えた。線、直線のように刃が走り、燃え尽きるようにマナが消失した。それは、植物を燃やすように消え、残酷さと、神秘的な光景を共演させた。
笑った。肉体的に切り裂かれ、内にかばった少年すら、自分のせいで血を流した。
ならば、精神だけでも強くあろうと、強く成ろうと。
絶望的な状況で、可憐な少女が吠える。自身を鼓舞する雄叫びと、少年に生きろと告げる言葉、
「やはり、強い。」
鋼が煌めき紅の花が、咲き乱れる。
救世主など現れない。