35.【その最弱の英雄願望】
今日はしっかりかけました。リアルが落ち着くまで文字数が2000を超えないかもしれないですが、よろしくお願いします。
予想外の親しさと、皇に見合わぬ年齢の青年の姿、何より叩きつけられる恐怖に、レリィは地獄を見た。
冷や汗が背筋を伝い、心臓が危険を知らせるように鳴り響いている。レリィはそれほどまでにその男、ウドガラド・ファルナに恐怖を抱いていた。
大瀑布のように押し寄せる恐怖の波を、アキトは全く意に介さず佇む。
リデアでさえ緊張を示す相手に自然体で会うアキトは、はたから見れば勇気があると取れるが、実際は武道の心得がないだけであり、精神が壊れているからなのだ。
「こんにちはレリィ殿。」
硬直していたレリィの緊張を溶かすように、ファルナがゆっくり声をかけ、アキトに大きな嫌悪を向けた。
皇なら許されるだろうが、立場が逆なら打ち首ぐらいいくのではないか、と想像するアキト。
それにしても、ファルナの不躾な視線と秘められた感情は、一国の皇のそれではない。
リデアが驚いたようにファルナを見つめ、レリィが耐えられない怒りに心を焦がしている。
最悪の空気の中、ファルナの口撃が始まる。
「たいした人員も要らなかったアワリティア討伐にしゃしゃり出て、大魔石まで破壊した男が、よくもまぁ報酬など受け取りに来たものだな。」
「確かに俺がいなくてもアワリティアは倒せていたかもしれません。」
「それぐらいは分かっているか、だが、それだけじゃ飽き足らずにガルドを刺激して森を危険に晒したそうじゃないか。」
ファルナの言う事は一見正論だ。しかし、アワリティア討伐という栄誉は、アキトがいなければなし得なかった成果だ。
大魔石破壊という汚名を被っててもアワリティアを倒さなければ、レリィは救えなかった。
あの方法しか思いつかなかったアキトの行動には、しっかりと覚悟があった。
それに、
「森を危険に晒したのは、事実です。しかし、それがなければ、俺は助けたい奴を助けられなかった。」
レリィ・ルミネルカ。暗い運命のどん底で、足掻く術さえ奪い取られて、少女の苦しみは、少女の孤独の2年間は、アキトのあの行動で壊された。
あの行動がなければ、アキトは助けたい少女を助けられなかった。
「たった1つの命のために、森を捨てるかもしれなかったと」
「言い方によってはそうなりますね。」
巨大な破壊のバラサイカは、落ちれば周囲の木々をなぎ倒し甚大な被害を引き起こしていただろう。
「一国を背負う皇は、民衆を助けて個人を捨てるのが正解かもしれない。でも、俺はそんな大層な役割を持ってはいない。」
「・・・・・・・。」
「俺の掲げるのは、レリィだけのヒーローになるって言う意思だ。多きを捨ててレリィを助けたい。」
ワナワナと動揺するレリィを微笑ましく見て、掲げた意思の糧とする。
レリィという少女のために、皇ぐらいならアキトは立ち向かう。立ち向かえる。
「全く。」
憂鬱そうに長い息を吐き、コキュートスのように冷酷な目がアキトを射抜く。
認識できない恐怖が叩きつけられ、生命が危険だと声をあげていた。
「そのくだらない信念で、貴様は何をしたんだ?」
アキトがくだらない信念で貫いた成果。
「村長により整っていた秩序を崩壊させ、大魔石すら葬り去り、挙句の果てに森を潰す直前だ。持ち帰った成果と行動に均衡が保てていない。」
「早い所言ってください。俺の分の損害で報酬をケチりたいのか?皇の面子のために大魔石破壊犯として牢獄にぶち込みたいのか?」
「・・・。」
罵詈雑言の限りを尽くしてアキトを貶すファルナに、状況を早く進めろと遠回しに伝える。
「これだから・・・っ!」
「いい加減に!しろ!」
悪態をついたファルナに向かい、白銀をきらめかせるレリィが駆ける。
殺意を乗せた刃は震えている。当然。圧倒的強者を目の前にして、押し寄せ続ける恐怖を振り切り、抗い、アキトのために駆け出したのだ。怖いと思わない方がおかしい。
けれど、ファルナは容易くレリィのナイフの切っ先を掴み、眼前で止めてみせた。
「なし得なかった大罪囚の討伐をやられた妬みをぶつける。その醜い真似をやめろ!」
燃えたぎる怒りの焔が生み出す力強い言葉に、ファルナは一瞬目を剥いて、
「すまない。少し君を侮っていたようだアキトさん。」
「いいですよ。こういうのもやって見たかった。レリィ、そろそろ離れろよ。」
「で、でも、というかなんで・・・」
アキトが自分をたしなめる意味も、ファルナとわかり合っている意味もレリィには分からない。
想い人を侮辱されて刃を突き立てたが、怒りは全く収まっていない。アキトもそれを承知しているだろう。
「あんまりかっこいい奴の近くに行くなよ、レリィがそいつにとられたら嫌だぞ、俺は。」
親愛的な意味を込めて放ったアキトの無意識の言葉は、実際、俺の所有物宣言をしているわけで、そういう風にレリィが受け取っても仕方がない。
幸福という水に消えた怒りは灰すら残さず、レリィはナイフを収めて飛び退いた。
さっきよりも気持ちアキトに近づいて立ち、にやけそうになる表情を必死に抑える。
「私も出てきていいですかね・・・。」
扉を開けて入ってきた男によって、困惑の皇謁見は通常運転にシフトした。