33.【起こらなかった物語】
徒車に揺られながら、アキト達は皇城へと向かう。
「そういえばリデア、アンナ達から招待状が届いてたわよ」
「招待状?私に?」
「うん、アッキーも一緒にだって。」
アミリスタが切り出した話に自分が出てきた事に驚くアキトが首をかしげる。それは、リデアも同じである。
この世界の竜伐であるリデアなら、招待状だろうとラブレターだろうと送られてくるだろうが、一般市民以外のアキトに招待状など事件の香りしかしない。
「アンナ達ってのは?」
もう1つ気になっていた名前を口にすると、アミリスタが手を顎に当てて考え始めた。
しばらくそれを見ていると、あっ、と小さく手を鳴らし、アミリスタがドヤ顔で語り始める。
「アッキーでも貴鉱石は知ってるでしょ?」
「ああ」
知っているも何も現在進行形で手にしている。そんな事を知らないアミリスタが確認するようにいい、それに頷いた。
得意げなアミリスタが言う。
「街4つを対価に手に入れた巨大な貴鉱石がある街。」
「それって」
「・・・。」
宝石店で聞いた内容と一致して、レリィを見れば、その少女もしっかりと頷いた。
たった1つの貴鉱石。500年かけて融合し、美しい輝きで人々を魅せる宝石。それを、街4つという破格の値段で取り引きしたという都市。
ちょうどその話を聞いた後に話題に出たため驚いたが、アキトは疑問の方が大きい。
「にしてもどうして俺なんか。」
ポツリと呟いた一言に、リデアが待ったをかけた。
「アキトは今、すごく有名なのよ?」
「え?そりゃなんで・・・」
「当たり前ですよ、アキトさんは不滅の大罪囚を能力を持たずに倒したんですから。」
完全なる偶然とリデア達の奮闘の結果で、アキトは特に何もしていないが、レリィはそれをアキトの手柄と断固言う。
「顔までは知られてないけど、アキトって言う名前は今、謎に包まれた最強だなんていわれてるのよ?」
「なんだそれ恥ずかしい」
ちなみに大魔石を破壊した秘密結社的な存在として、国の魔術師からも悪い意味で注目されている。
一人歩きした恥ずかしい噂に早く消える事を祈り、思い出す。
「それじゃあ俺はその都市で化物退治でもさせられるのか?カーミフスぐらい完璧な状況が揃ってないと、そんな事できないぞ?」
「完璧な状況って、アッキーは誇ってもいい戦績を持ってるじゃん。それは、完璧な状況を作ったって事じゃないの?」
「完璧な状況を・・・作った・・・か。」
「そう。」
自分を第1に考えて他を省みない性格は問題になる。しかし、自分の事を全く考えない性格よりはマシだと、アミリスタは日々思う。
それが、竜という死の境界から脱出した少女の持っている考えなのだ。
アキトが持っていた、怖い物を怖いと言える正常な心は、遠い樹林に落としてきた。代わりに拾った自分がどうなってもいいという心は、アキトの中で息づいている。
だから、
「ありがとよ。」
皆が知らないあの時間の後悔を、アミリスタが埋めてくれた気がして、紫の美しい髪を撫でた。
「ちょっとアッキー子供扱いしないでよ!」
「悪いちょうどいいところにあったから。」
「あっ、レリィちゃん違うんですそんな目で見ないで」
顔を青くするアミリスタ。アキトは、しっかりとその優しさに助けられた。
ありがたく思いながらなんとなく窓を覗く。
通り過ぎる景色。ありふれた景色。人々の景色。
その中に、
「た・・・す・・・けて」
ほとばしる電撃に、アキトはゆっくり瞼を閉じた。
ーーーーー
「久しぶりだな。シャリキア。」
「は・・・い。時間は、ありませんけど・・・」
「って、それは?」
「カーミフスの・・・木についてた・・・粘着物質です。」
静止した世界。それは、なんの音も聞こえず、なんの動きも捉えられず、ただただ歪な世界だった。
息を吸い、吐き、呼吸をして、心臓の鼓動を聞く。止まった世界でそれができるのは、アキトとその少女シャリキアだけだった。
どうしてそんな日常的な会話ができるのかと問われれば、アキトがこれを体験した事があるからだ。
「時間操作はもうできないんじゃ?」
「あ・・・いいえ、これは・・・過ぎる1秒を・・・保管して・・・またそれを繰り返しているだけ・・・です。前みたいに・・・過去に行くのは・・・難しい・・・です。」
「そうか」
たどたどしく語る少女の言葉を、噛み砕き、耳朶に浸透させ、脳に焼き付ける。
また再開出来た嬉しさを、焼き付ける。
「お前は今、ラグナと興都にいるんだな。」
無言でコクリと頷く少女。
変わったアキトの声音に頰を硬くし、揺れる瞳をアキトに向ける。
助けて、とそう言えと、アキトはあの時言ったのだ。知らないはずの物語の中で、起こらなかった物語の中で、ないはずの物語の中で。
「ご・・・めんな・・・さい。」
「謝るな。言うんだったら事が片付いた後にありがとう、だ。」
「は・・・はい・・・あ」
ぶつりと、アキトの脳にノイズが走り、揺れる徒車に意識がもどる。
アキトの後悔を後悔で塗る戦いが起こる事を、彼は知っている。1つぐらいなら後悔を消せるかも知れないと、ほくそ笑む。
「楽しみだ。」
シャリキアとは一体?