31.【その死闘に終結を】
イラ・ダルカにとって、自分より強い相手は傲慢の大罪囚だけだった。
目前に現れる敵を全て薙ぎ倒し、襲いくる不幸に憤怒していた。その強い想いが、悪魔に取り憑かれる媒介となった。
大悪魔、堕天使のサタンは、イラを大罪囚にした。
それから、彼は退屈を知らなくなった。
大罪悪魔を見せつけて、少し殺戮を繰り返す。そうすれば、討伐隊が自分を倒しに来た。
そして、殺した。
それに憤怒した者達が、更に討伐隊を作った。憤怒の連鎖で自分達を滅ぼす人間達は、刃のような美しさを見せた。
憤怒は、美しい。
「おもしれぇ!!」
激闘に口角を歪め、乱暴に血を拭いた。
魔方陣がカガミの手中で光り、振るう軌道が閃光を作る。それは、最強の槍術であり、最強の刺突。
しかし、
「死烈ッ!!」
輝く真紅の剣尖が宙を滑り、壁を走るイラに攻撃が当たらない。
カガミが穴から打ち出されるイラを捉え、魔術の刃を穿とうとした時、カガミの放った魔力が縦穴の底に激突し、大地を揺らす振動が、手元をくるわせた。
土埃を斬る魔力光を見てニヤリと笑い、イラが空気をバーサークで叩いた。
膨張する熱量と、加速するイラに拳を掲げ、カガミが小さく呟いた。
「魔拳。」
煩わしく輝いていた魔方陣の消失に、イラは容赦なく鉄槌を叩き込む。真紅の刀身を加速させ、刃にのる重力の壁を叩きつけた。
腹を貫いた氷柱が、やけに輝いていた。
「ぇ?」
細い氷柱がカガミの拳から突き出て、イラの腹を突き破っていた。
嗚咽と血が混ざり合い、抵抗することなく唖然とする。そして、細い氷柱が輝いて、その根元から太い氷塊が更にイラの体を穿つ。
止まった氷塊が砕け散り、更に拳槌が死の裂傷を生み、またバラバラと砕け散る。
「てめ・・・!ま・・・ほうじ・・・ん・・・は!」
ゴポリと血の塊を吐き出して、鉄の味に顔をしかめる。
内臓が揺れる感覚と、殺傷による痛み、流れでる命の液体の減少で、嗚咽混じりの掠れた声しか出てこない。それでもイラの表情には、諦めて絶望する様子も、従順に従うから助けろという下卑た感情もない。
ーーーカガミを殺す。
ただそれだけの感情しか、ない。
「こ・・・ろっ・・・!」
「無駄だ。」
胸倉を掴み手中の礫を振り払う。手を離し、イラを空中に放り投げた。
拳を構える。魔力がいななく。手の中で溢れでる死の絶力は、魔方陣を使っていない。
チリチリと音が漏れ、カガミの拳が紅く爆ぜる。爆風が吹き荒れ、黒煙が立ち込める。そこから、間髪入れず2発目、3発目の爆裂の打撃が鳴り響く。
「もういいだろう?」
降参を求めて、カガミがゆっくり問いかけた。
「ま・・・だ・・・」
体中から黒煙を吐き、焦げ付いた血が痛々しくメイクする。
大罪囚ほどの実力があれば、爆撃など簡単に防げる。しかし、カガミの繰り出す魔拳は、威力が限界を超えている。
魔法使いが詠唱して作り出すほどの大魔法を、何倍もの威力で、何倍もの速さで、何倍もの手数で打ち込んでくる。もはや人間ではない。
そんな圧倒的戦力の前でも、イラは闘志を終わらせない。
「愚かだな。」
ラグナの小さい一言がその真実を裏付ける。
すなわち、これまで殺さないようにしていたイラを、カガミは殺そうとしている。本気で殺意をぶつけている。
ポケットから手袋を取り出して、それを両手につけた。
魔方陣が描かれている手袋は、マナを流せば流した分だけ強力な魔法を放つ。
「んじゃあ、諦めるまで死んでみよう。」
我慢の限界。醜く足掻き続けるイラに、カガミが小さくため息をつく。
体内を循環するマナ達が、カガミの手中。魔導具『影砲』に集まる。
逃げ惑い、行き場を無くした魔力がエネルギーを生み出し、どれほどの力をカガミの手中に集めているかは分からない。しかし、影砲はそのエネルギーを暴発させないように管理し、暴発のエネルギーすら攻撃に変換する魔導具。
すなわち、
「死ね。」
手のひらを広げるカガミの拳から、流星の如き紅炎が顕現する。
そう、すなわち、カガミの持っている能力を、底上げ、2、3倍にすらする。
「ああ!?」
おかしい、明らかにおかしい。
この熱量を人間が生み出せるなど、おかしい。
そして、それが自分に向かってくる不条理も、おかしい。
この男の憤怒は、美しくない。
熱く燃える想いを乗せる憤怒ではなく、冷酷な殺意で冷静に憤怒するカガミは、美しくない。
どんなに思考しようとも、接近していた爆炎の死からは逃れられない。瞳を見開き、眼前の殺意に脂汗が滲み出す。
「っ」
悲鳴すらも置き去りに、ちっぽけな人体が容易く燃える。ちりになり、ありふれた噴煙として。
「もう一度だ。」
「はぁ・・・!?」
確かに途絶えた意識と、死の瞬間の猛烈な恐怖。それは、幻影でも、幻覚でもない。
それでも、イラ・ダルカは生きている。