30.【憤怒の刃】
「それじゃあカガミ。俺やアケディアに協力を求める意味を教えてもらおうか。」
「意味?」
「何をやらかす気なんだと聞いている。この戦力で。」
ラグナが両手で指し示す。
好色の刃で怠惰な死槍を振るうアケディアと、その対応悪魔ベルフェゴール。
瞳の深淵に闇を覗かせる影の住人。カガミ・アキト。
そして、大罪囚と並ぶほどの実力を秘めたウドガラド・ラグナ。その従者のシャリキア。
過剰すぎる戦力が、今この場に集まっている。見つかれば、ここは国など関係の無い大討伐が行われるだろう。
「ああ、戦力なら、君達だけじゃ無い。」
「は?」
何を言っている。
世界の厄災とまで呼ばれる集団に、これ以上何を入れるのかと。どこまで秩序を狂わせるのかと。
声も出ないラグナに、カガミが小さく息をはく。
「もう1人の戦力は、彼だよ。」
魔力が瞬きそれに刃が重なった。入り乱れる極光が爆発音を響かせ、怒気に全身を震わせる男。
「怒りは、美しい。錆びた刃を磨ぎすまし、屈強な力を生み出す。だから、怒りは、憤怒は、憤慨は、美しい。まるで刃のように。美しい。憤怒は、美しい。」
唖然とする。
ラグナでは決して敵わない。その天上の相手が、いとも簡単に顕現した。
「憤怒の大罪囚。イラ・ダルカと、対応悪魔サタン。怒りの刃で敵を切る彼と、神に反逆した堕天使。」
大罪囚が2人、その2人を従えさせるほどの力を持つカガミ、そして、ラグナ。
「おい、俺は協力するなんて言ってねぇ。」
カガミに刃を受け止められ、次の算段を立てていたイラが声をあげた。
カガミであっても、言葉1つでこの暴君を従えさせる事は出来ない。憤怒の大罪囚は、おとなしく捕まっている傲慢に比べると、気性が荒すぎる。それを踏まえれば、大罪囚で1番危険なのはイラだ。
「スペルビアにも断られたし、君に拒否権はない。」
「あぁ?」
剣呑な雰囲気が、立ち込め始めた。
強い強制力を感じるカガミの言葉にも、イラは耳を貸さない。
「そうだな・・・俺が勝ったら従ってもらう。君が勝ったら俺を好きにしろ。ってのはどうだ?」
「っは、おもしれぇ」
決闘を提案するカガミに、イラが速攻で乗っかった。その判断に、ラグナは耳を疑う。
おかしい。この実力を測れない相手に簡単に勝負を決めるなど、実力と勇気がなければ到底出来ない。できるとしてもそれはただの馬鹿だ。
「バーサーク。」
紅く血濡れた鮮やかな剣が、顕現した。
サタンの変化形態。そう、あの男の持つ顕現魔法に酷似した、悪魔の武器。それを、軽く握りカガミに突き出す。
殺意の乗った攻撃宣言に苦笑して、カガミも口を動かす。
「顕現魔法『その最強は世界を求める』」
顕現したのは、弱々しい魔力光を放つ小さい魔方陣のみ。微弱な顕現魔法に鼻を鳴らし、イラが地面を軽く蹴る。
爆炎が、吹き荒れた。叩きつけられる暴風と、それに乗って飛んでくる瓦礫。
「死ねぇああああああ!!」
バチリと魔力が瞬いて、輝く刃が紅を増す。その刃を片手で担ぎ、力の限り振り下ろす。
ボコリとくぐもった爆音が溢れ、一帯の地面が消えた。否、押し潰された。
重力に耐えきれずに潰れた地面がクレーターを作ったが、目的のカガミの死体は作れていない。
「屈縮。」
屈縮術の膂力で吹き飛ぶカガミ。そのまま空中で向きを変え、拳を振り上げた。
靴底に魔方陣が敷かれ、爆炎によりカガミが加速する。空気を斬り、風を受け、弾丸のように加速する。
「何をぉ!!」
バーサークを構える隙もなく、カガミが迫り拳に重ねられた魔方陣を振り下ろす。
カッと瞬いた魔方陣が破壊の波動をもたらし、真上からの大重力がイラを押し潰す。破潰が迫りくる中でイラが笑った。
放った重力の反動で、カガミが落下を止めた。背に抱えた魔方陣が再び煌めき、爆炎の連鎖が続きカガミの肢体を押す。
今度はカガミの拳がイラを捉える。
触れる感触がすぐさま溢れる破壊の魔力に掻き消され、大地を削りながらイラが落下してしていく。
「死烈!」
バーサークを振り上げ、頭上の敵に紅い鮮血の刃が焔を纏って駆け上がる。
たった1つの斬撃が大穴を削り、空を紅く染め上げた。しかし、それはカガミが死烈を避けたという事だ。
カガミの有している能力は、検討がつかない。
爆発を操るのなら、火力で押し切るはずだが、重力の大瀑布を引き起こす魔法を使えるはずがない。
だからと言って魔力をみても、使っているのは顕現魔法だけ。イラには弱点が見つけられない。
「考えてる暇ぁねぇなっ!!」
白熱した地面を叩き潰し、浮いた瓦礫をバーサークでかちあげる。空気を斬る音すら置き去りに、カガミに死の岩塊が迫る。
イラの脳裏に驚愕し、絶望するカガミの顔がよぎる。きっと今カガミはそんな顔をしている。
想像に口角を歪め、
「な・・・!?」
カガミの魔方陣から打ち出される瞬光が、カガミの笑うその顔が、
「おもしれぇ!!」
イラの闘志に火をつけた。