29.【闇は強力、光は非力】
ばら撒かれる土砂と岩塊に目を細め、あたりを死の爆発から救ったアミリスタの結界に感嘆する。
「リンク・フィールド・ガーディング」
それは、カーミフス大樹林でアキト達を救った結界。リンク・フィールドレンタルトの本家の技。強度も厚さも全てが違う。
さらに、種類までもが少女の多才さをアピールしている。
発動しているリンク・フィールド・ガーディングは、広範囲にわたって結界を張り、『守護』を専門とする結界だ。守りに特化しているフィールドのため、大瀑布のように降り注ぐ街を模っていたレンガや土砂をことごとく防いでいる。
「ヴィーネ剣は?」
「これでいい。」
降り注ぐ土砂が止む寸前。無手で佇むヴィネガルナにリデアが武器の所在を聞いた。すると、少女は近くの石を手に取りその鋭い瞳でそれを射抜いた。瓦礫の猛襲が終わる。現れる魔獣。
「下級天上魔獣。『刃走鬼』。」
獣の体毛で全身を覆い、その巨躯に刃の生える尾を揺らす。
「厄介だ・・・」
状況の悪さにアミリスタが歯噛みする。
土砂が止んだため、フィールドの種類を変更する。そう、彼女を最強の結界士たらしめている刃。
「リンク・フィールド・バトライズ」
アミリスタの結界が、いくつも重なり巨大な拳を顕現させる。その拳は、アミリスタの右腕とリンクしている。つまり、アミリスタは巨大な腕で攻撃ができる。
『破壊』する事を目的としたアミリスタ最強の攻撃手段。
リデアのしなやかな指先が空気を滑り弧を描く。『攻撃』をさせるためにリデアができる事。それは、金麗の最大の能力、
「世界再現魔法。茨の妄執。」
『捕縛』を目的としたリデア最強の魔法。
輝く黄金が刃走鬼を絡めとり、足掻く魔獣の尾が跳ねる。
だが、動きの止まった獲物に行う事は1つ。
「はあああ!」
不可視の巨大な拳が、刃走鬼の腹をぶち抜いた。
予想外の一撃に悶絶し、口角の端から紅を引く刃走鬼。その目には、まだ戦うという最高の殺意が宿っている。
「汚らわしい。」
咆哮し、足掻き、大地を揺らす巨躯の肩に、その少女はいとも容易く飛び乗った。持っているのは魔獣を断つ刃ではない。ただの石。しかし、それこそ彼女が握っている殺意。
ふわりと桃色の髪が浮き上がり、
「グフアァァァァァ!!」
放られた石達が、体毛に触れ、ごっそりとその肉を抉った。
勢いを落とす事なく石が直進、空けられた風穴から血が滝のように溢れ出す。赤い池を作る魔獣に軽蔑の視線を送り、絶命する。
死する寸前。魔獣が見たのは、忘れられない悪意の視線と幾多の破壊の小石だった。
ーーーーー
地響きが轟き、傾く巨大が地面にひれ伏す。
天上魔獣と言えど、竜伐の火力の前ではその命も簡単に散る。原型をとどめていないぐちゃぐちゃの死骸は、流す血も無くし転がっている。
ややオーバーキル気味だが、竜伐にとってこの事件は見逃せる事では無い。
「なんで危険魔獣収容所から脱走できたの?」
明らかに不可解な現象に、残骸となって潰れる危険魔獣収容所を見てリデアが呟く。
精魔士、従刃士が従えて戦力を強化できるかもしれないといって作られたこの施設では、昏睡魔術をつきっきりでかけているため意識を持てない。魔獣の脱走はイレギュラー中のイレギュラーだった。
「魔獣の脱走なら最近多いんだよ。僕はもう3回目だよ」
気怠げに語るアミリスタ。起こるはずのない現象を3回も体験しているアミリスタは慣れているようだが、興都にとっても予想外の事だろう。アキトの機転に当てられたリデアは感じた。何かの陰謀を。
それは、食事の時の振動と関係があって・・・。
ーーーーー
「シャリキアあの男と会う時は、俺に100を与えておけ。」
「は・・・・・・ぃ・・・・・・・」
白髪を短く整え、厳かに男がいう。それを聞き、同じく白髪紅眼の少女が小さく頷く。
バチリと、空間に亀裂が入る。対応悪魔の顕現に近いそのゲートに、男は驚きもせず距離を取る。
貫頭衣を着る大罪囚、アケディアが出てきたのは同時だった。
「アケディアか、どうして貴様がここにいる。」
疑問に応えようと口を開こうとした時、アケディアの口が塞がれる。
女にしては力強く、男にしては綺麗すぎる手で、アケディアの口が塞がれる。それに何かを察し、アケディアが一歩後ろに下がる。
「そこは俺が説明するよ」
アケディアと共に行動する少年。白髪の青年が警戒する少年。
なんの武器も持たず、なんの武技すら使わず、なんの強さも感じない黒い少年。
瞳の奥の深淵が、酷く深く感じられ、青年は目を逸らす。計れる感情の起伏が、この少年からは一端も見えない。
「俺はオリジナルじゃないんだ」
「・・・影の世界の?」
あり得ない少年の言葉が、脳内で反復する。
シャリキアには、何を話しているか分からない。しかし、青年の表情と少年の不気味さを見れば、簡単な話で無いのが分かる。
自身に託された力を100全て青年に流す。セーブされている力を送り、万が一に備え、
「はい、ストップ」
瞳に突きつけられた槍、グリムライガが光った。
「ぁ・・・」
緊張が最大限に、おぞましい沈黙が、永遠、一瞬訪れた。目配せをする少年に、青年が警戒を緩めず両手をあげる。
「シャリキア中止だ。」
力の注入の中止命令を出され、戸惑いながら発動している魔方陣をおさえる。
硬い表情で青年が言う。緩い表情の少年に、
「ウドガラド・ラグナ。俺の名前だ。協力関係を結ぶ上で、お前のオリジナルの名前が聞きたい。」
「・・・・・・・・・・・・。アキト。ミカミ・アキトだ。俺の事は、そうだな。
カガミ・アキトとでも呼んでくれ」
狂い始める。
ミカミ・アキトの物語が、狂い始める。
徒車のアキトの動揺と、もう1人のアキト。どゆこと状態かもですが、その内分かるので勘弁を…!