28.【愛らしさ】
ポケットの中の硬貨を探り、懐の紙幣に手を伸ばす。スリが日常茶飯事らしいため、ガルドからパクった金は財布に入れず分散させ、紙幣と硬貨で分けている。
すると明らかに上機嫌なレリィがこちらを振り向いた。
「アキトさん!すごいです!」
「あ、ああ」
普段大人しい少女が上機嫌ではしゃいでいるのが新鮮で、アキトは思わず頰を緩める。レリィがアキトといるから機嫌が良いという事にはもちろん気付いていない。
揺れ動く人混みの中、レリィに見惚れる者は多い。アキトに刺さる視線も。
そんな時、
「オォォォ!!!」
爆発音と咆哮が、確かに2人の耳朶を叩いた。
距離は遠い。しかし、レリィはアキトがこの咆哮の正体を見つける為、走り出すのでは無いかと、内心不安で、忘れていた。
アキトが命を張ったのは、レリィを助ける為だったと。
アキトが命を張れるのは、レリィだけのヒーローである時だけだと。
ダイアモンドのように輝く瞳を揺らし、レリィがアキトを見た。
「っ。そんな不安そうな顔するなよ。」
「で、でも」
「安心しろ、大罪囚を倒した竜伐が興都にはいるんだ。」
先程別れた少女達は、竜をも下してみせた強者。アキトに検討もつかない咆哮を、いとも簡単に叩き潰す。
だから今は、
「さぁ、行こうぜ。」
「はい・・・」
戸惑う瞳の奥には、しっかりと歓喜があった。
そんなレリィ達はともかく、他の住民達は恐ろしく落ち着いていた。それもそのはず。この魔獣の咆哮は、1日に1回は必ず起こる現象だったから。誰も違和感に気付かない。
ーーーーー
「おっさん、これいくらだ?」
「銀貨2枚って、お2人カップルじゃないか1本まけるぜ?」
「ありがとよ、自慢のハニーなんだ。」
所持金(ガルドからパクった物)を差し出し、焼き鳥的な物を買う。茶番じみた会話は、アキトがやってみたかったからだ。
それを聞いて顔を紅く染めるレリィにそれを差し出し、アキトもそれを食べる。
ありがとうございますと小さく呟きレリィと一緒に歩き出す。
そして、
「うまっ、畜生うめぇじゃねぇか」
「は、はひ、美味しいです・・・」
咀嚼する口を手で隠し、レリィが感嘆に息を吐いた。
何が違うかわからないが、しっかり肉の旨味がするのに胃に負担がない。いくらでも食べられる。
「銀貨の価値がよくわからんがすげえな・・・」
あっという間に食べ終わった焼き鳥の串を近くのゴミ箱に放り投げ、ポケットに手を入れる。
人の流れに逆らわず、ゆっくり道を進んでいく。
一瞬空中に何かが見えたが、アキトが視線を向けると消えてしまった。どうせ何かの魔法だろうと、アキトはこの世界に異常なほど慣れていた。
「レリィ、なんか行きたい所あるか?」
「いえ、特には・・・」
元々目的もなしにふらつき始めたため、何か寄りたい所があるわけではない。視線をさ迷わせていると、ある看板に目が止まった。その看板は、でかでかと宝石の絵が描かれていて、アキトには読めない文字が書いてあった。
「レリィ、行ってみようぜ」
「あ、はい!」
アキトとともにレリィが小走りでついてくる。
扉を開けると、輝く宝石がショーケースに並べられ、日本にいた時の宝石店を彷彿とさせる。
水色の美しい髪のレリィに似合う色。
近づいて見てみると、その宝石は白い結晶に青い輝きが封じ込められていて、美しさが一層極まっていた。
「レリィ、これいくら?」
解読できない異世界文字の羅列を指し、宝石に見惚れていたレリィに値段を問う。
「き、金貨3枚です」
「意外と安いな・・・」
「?」
「すいません、これください」
疑問符を浮かべるレリィをひとまず置き、店員に話しかける。すぐさま営業スマイルに戻り、店員が接客を始める。
見れば、宝石は見えないほど細く、繊細な糸で止められたネックレスだった。
「こちらは魔力結晶を白い水晶が覆った貴鉱石で、20年の時間をかけて融合しています。」
「の割に安いな」
「高い物は融合期間が500年くらいですよ。うちじゃ強盗から守れないんで置いてないですけどね」
「なるほど」
500年もかけて融合した鉱石の美しさは計り知れない。20年でこの輝きを放つ貴鉱石が、500年もの時間をかければ、値段も美しさも桁外れなのだろう。
「ちなみに500年ものはいくらなんだ?」
「私が知っているのでは、姉妹都市の奴ですね。たった1つの鉱石と街4つを交換ですよ。」
「街4つ!?」
もはや金で換算しなくなった鉱石が、あわよくば欲しいと思っていたアキトの心をバキバキに破壊した。
異世界で新しい産業を流行らせるにしても、そんなでかい商店を持っている知り合いはいないし、技術も持っていない。かといって異世界召喚特典でもらったのは能力の使えないただの肩書き。その肩書きのせいでグレンに殺されかけたのは忘れられない。
結局アキトは最弱に狡猾に生きなければならない。
落胆しながら金貨を差し出したアキトを見て、レリィは愛らしさに頰を緩めた。