2.【救済の悪魔】
修正済みです。
耳朶の奥にまだ響いている破壊と蹂躙の音。己を砕く黒く異質なおぞましい何か。視界が黒く染まった。違う。恐怖に、その瞳を閉じた。
アキトというちっぽけな人間が、恐怖に視界を閉ざした時。粉砕音が聞こえることに、やっと疑問を感じた。
どうして自分は生きている?
そして現れた美しい救世主。
金色の刃。木漏れ日に照らされて輝くその剣には、美しい装飾が施され、刀身から柄に至るまでの全てがぼんやりと輝いている。そして何より、その美しい剣を握る少女。降り注ぐ光に透ける金髪が翻り、隠れていた少女の姿が露わになった。
おおよそ大きいと言っても過言ではない胸に、傷ひとつない美しい肌。なにより、見たことのないほど美しい顔立ち。そして、脳髄に浸透する、暖かい肉声。
「だいじょうぶ?」
擦りむいた傷の痛みと、口の中に侵入した土や泥、砂利を吐き出して立ち上がる。
死んでいた。死ぬはずだった。
困惑を瞳にやどし、その少女を見つめる。
脳裏に焼き付く。一度目にしたら忘れることは無いであろう美しさの暴力がアキトを蹂躙する。そして、金の斬撃が、実体となって悪魔を切り裂いた。
そう、鋭い刃が、マモンと呼ばれた悪魔を切り裂いていた。
アキトなんて一瞬とかからずに塵にできるだろうその力の前に、揺れる金の刀身が反射して美しい。
「きみは・・・」
なんなんだ。と告げようとした口が止まった。咄嗟に漏れ出した言葉がその先を継げず、小さい嗚咽が口の中でひっかかって消えた。理由は簡単。続く少女の行動だ。
鬱蒼と生い茂る森の中、誰かが隠れていたとしても何ら不思議のないような草陰と樹木たちの隙間に、少女が、いつの間にか持っていた短刀を投擲した。無論、その短刀も、少女の髪のように金に輝いている。
アキトの目線の先を掠めて樹木に突き刺さる短刀、刹那、言葉にするには到底動体視力の足りない物体が、上空へと舞い上がった。そうして、役目を思い出したかのように金の短刀が輝き出す。耳朶を鋭く斬り進む金切り音と黄金の爆炎に、アキトは咄嗟に目を覆った。
「あれは危険よ、少し隠れてて。」
「あ・・・ああ。」
震える足を叱咤して、ゆっくりながらも後ずさる。
何とも情けない話ではあるが、アキトの理解の及ばない戦闘の最中にいるということは、嫌でもわかった。そして、名前を知られているからには、無関係ではないということも。
小さく舌打ちした少女の表情から察した。敵が来る。
どこから来るか分からない脅威に怯えながら、背後の樹木へ身を隠す。
「小賢しい。」
体重を感じさせない軽さで、ローブを纏った者が降り立った。そのまま、呟いた言葉にすら追いつくような速度で、何かがリデアへと突貫した。とんでもない爆音を伴って。
それが、マモンという悪魔が地を蹴った音だというのに気付くのに、アキトは随分と時間を有した。
そう、気付いた時には、ローブ姿が搔き消え、リデアの眼前に、マモンは死角であろう真上に。既に、マモンとリデアは刃を構えていた。ただ1人、ローブ姿の者だけが無手ではあったが、そんなことは気に留めていられない。
「果てなさいっ!!」
リデアの美しいしなやかな指から溢れ出す輝きが、宝石のように乱舞し、結晶となり、そのローブを刺しにかかる。リデアの周囲に散りばめられた宝石たちが、放射線状に射出。2つの脅威に対して刃を向ける。
アキトの素人目からしたら、そう見えた。しかし、貫くはずの結晶は勢いを無くし、いつか見たように膨張、破裂した。
破壊力を伴った輝きの目くらまし。爆発の威力、風圧、音。全てが、そのローブと悪魔に対しての抑止力となる。
さらに、リデアから繰り出される短刀の投擲の数々が、既に弾き切る、避けきるなんてことができないような量でもって2人を殺そうと迫る。
ローブが振り返り、
「あれは!?」
漆黒のゲートが、大きく口を開けて死の刃を飲み込んだ。リデアの作り出した数々の刃たちが、ローブと悪魔を丸ごと覆い隠すようなゲートに阻まれて、その輝きを絶った。リデアの攻撃を完全無効化したはずなのに、金の少女は、驚いた様子もなく閃光と共に剣を製造。
力強くそれを構え、再び攻撃姿勢に入るローブと悪魔に刃を向ける。
「っ!!」
ゴウッと業火が燃え上がった。
リデアを飲み込む炎が燃え広がり、徐々に逃げ場をなくしていく。周囲を火に囲まれ、マモンたちの姿は見えない。こう着状態に陥ったかと剣を下ろした時。
肌を焦がす熱さの合間から、灼熱の炎を纏ったマモンが現れた。
騎士甲冑のような鎧をきこんではいるが、何故か鋭利に研ぎ澄まされた爪で戦うその風貌は、小さいながらも一対の翼と、兜から飛び出す二対のツノが、どす黒い尾と合わさって悪魔という名称に違和感を持たせない。
「ぐっ!」
「クァァァァアッ!!」
甲高い鋼鉄の音と、マモンの叫喚が共鳴して空に響いた。あるいは燃え盛るマモンの鎧がかき鳴らした鉄の擦れる音だったのかもしれないが、そんなことを考える暇は、リデアにはない。
黒煙に巻かれ温度を上げたマモンの皮膚が、ジリジリと熱を少女に与える。燃え盛るマモン。
その熱だけで済んでいるのは、一重に少女の卓越した剣尖と努力の賜物である。マモンの灼熱の鎧の熱に耐えながら、赤く輝く炎の鉤爪を1つの剣だけで押しとどめている。
「でも・・・」
声にならない掠れた息。しかし、アキトは確かに言った。「でも」。途方も無い研鑽で磨き上げてきた剣技でしのぐ少女だろうと、2対1という事実は、覆せない。
燻んだ紫の魔力が、球体として少女へ向かう。紫紺の残像を残しながら、破滅の魔力を呪いで編んだ魔力の塊が、マモンを避けてリデアへと標的を定める。絶妙なカーブはリデアの急所の要所要所を的確に捉え、全て当たれば蘇生は不可能であろうほどに正確な攻撃だった。果たして、科学力の進んでいなさそうなこの異世界で、そこまでのことができるのだろうか?疑問も一瞬、少女に死が迫る。
「くっ!!」
リデアの頭蓋を砕こうと飛来したそれらを2つ同時に1つの斬撃で叩き斬り、それによって砕けたリデアの剣の魔力が宙を舞う。キラキラと輝く美しい光景の中、場違いな色合いでもって少女を殺そうとする魔力たちが、全て霧散した。
リデアの剣の魔力が散りばめられ、それらが、ローブの放った魔力たちを蹂躙したのだ。一粒一粒の魔力たちに方向性を指示する繊細な技。しかし、実際見てみれば荒々しく美しい迫力のある防御だ。
が、それらだけでなく、マモンからの攻撃もある。再び振り下ろされる鉤爪を避け、手中に剣を作り出す。先ほどまでと同じく何とかそれらを凌ぐも、マモンとローブからの猛攻に、少女の体力もすり減っていく。
そして、徐々に擦り傷が増えてゆく。糸のように細くはあるが、それらも合わさり集まれば大きな奔流となる。実際に、リデアから流れ出る血はそうなっており、限界だと告げていた。
舞う鮮血、僅かに切れる息。
「えっ。」
爆炎と煙幕が降りかかり、強者の渡り合う接戦に待ったをかけた。
リデアの巻き起こした爆発よりも、さらに大きい。そんな轟音が巻き起こした粉塵が舞う。
煙が晴れた時、現れたのは巨大な穴だった。