25.【竜伐少女と最弱少年】
「っ!!」
馬、いや、それより体格が小さい生物。従犬。
従犬が引く従車にのり、レリィ、リデア、アキトは興都に向かっていた。
「どうしました?」
突然体を跳ねさせ、恐怖に喘ぐアキトに、レリィが心配そうに声をかけた。
肩に置かれたレリィの手に大丈夫と手を重ね、アキトが小さく息を吐く。そこには思いが籠っていたけれど。
「絶対に、助ける。」
自分でも気付かない内に、アキトが呟いた。それすらも、小さい声は届かない。
レリィにも、リデアにも、あの紅い少女にも、あの忌々しい愚弟にも・・・。
ーーーーー
「ここが・・・興都か・・・。」
従車の窓から覗くその大きな外壁に、感慨とともに言葉をはいた。
視界一面に広がる外壁と、ここからでも伝わってくる興都の熱気。あの中では、子供が朗らかに遊び、賑わう市場が都市を回し、平和な社会が築かれているのだろう。
それは、あの男が望んだような。
アキトの思う都市の予想は、華奢な少女の脚色も入っている。しかし、事実である点もある。
「驚いたでしょ?」
「はい」
「ああ・・・」
従車がその緩やかな走行をやめ、ゆっくりと停車した。
アキトが見れば、徒犬を操縦していたカーミフス村の商人が、興国兵と何かを話していた。時折笑い声が上がる事から、世間話でもしているのだろう。
「リデア、あれは何をやってるんだ?」
窓の外の2人を指し、リデアに問うと、ああと呟きリデアが言う。
「今私達が入都できるか確認してるのよ。あの人達はそれを待ってるの。」
「へぇ」
アキトに詳細は分からないが、そう簡単に出入りは出来ないらしい。
それがリデアがいるからかは分からない。
しばし興都の大きさを実感していると、いかにも新人という態度の興国兵が何かの資料を手に持ち現れた。
「もう入れるわよ、アキト、レリィ。」
「おお」
ガタリと車体がゆれ、それを合図に車体が加速。景色を置き去りにして従犬が走り出す。
後悔と影の興都戦線が、ゆっくりと、しかし、確かに始まろうとしていた。
ーーーーー
賑わう街の一角。一際人が密集している区画の店に、リデア達が入っていく。
様々な匂いが鼻腔をくすぐり、辺りに置かれる料理をみる。
色とりどりのサラダから、白煙を吐く肉塊まで、非常に食欲をそそられるメニューに、時折見える可愛い店員の絶対領域。
右腕を圧縮。握り潰さんと力を込めるレリィの瞳が怖い。
「おっ来たか、リデア。」
「そうね」
アキトの前を先導するリデアを見て、2人の麗しい少女が手を振っている。
ぉぉ、と小さく呟くと、レリィの握力が高くなった。
「って、リデアの連れってカップルだったの?」
立ち上がってこちらを見ていた2人の内の1人。幼い体を紫色の衣服に包んだ少女が、そんな事を言った。
「え、え?いや、そんなんじゃ・・・」
紅潮するレリィの頰。狼狽えるレリィが顔を覆った事により、アキトの右腕の命運は途切れずに済んだ。
それに安堵していると、レリィの反応を見た紫の少女がニヤリと顔を歪めた。
アキトの訝しげな表情を見て、その少女は席に座る。
「ほら、2人も。」
「ああ。」
まだ照れているレリィを連れて、リデアの隣に座る。
見れば、紫の少女の横には、薄い桃色の長髪を持つ少女がこちらを見ていた。
「アキトは知らないかもだけど、紹介するね。こっちが、」
「そう、僕が竜伐第2聖。結界士アミリスタだよ。」
リデアの言葉を遮って、アミリスタがはにかんだ。
いると思わなかったボクっ娘もだが、こんな華奢な少女が竜伐だというのに、アキトは驚いた。そして、自身の命の恩人であるという事も。
「私は竜伐第3聖。王剣ヴィネガルナ。よろしく。」
アミリスタに続いて、ヴィネガルナが自己紹介。
「俺はアキト。よろしく」
「レリィです。よろしくお願いします。」
素性を明かすと、意外そうな顔でアミリスタが質問した。
「君がアワリティアを倒した子か・・・。アッキーでいい?」
「ああ、もちろん!」
考えていた性格とアミリスタの性格が一致してテンションの上がるアキト。
アミリスタの疑問。それに応えようと口を開こうとした時。
「アキトはすごい発想をするのよ」
「すごい発想?」
リデアが興奮気味にアワリティア戦の事をアミリスタに語り出す。
あくまでしたのは狡猾なだまし討ちのようなものだが、褒められて悪い気がしないため、リデアの言葉をそのままにしておく。
それを聞いて、緊張し強張っていたレリィが笑みを浮かべて頷く。
安心した笑みでレリィを見ていると、気付いた少女が顔を背けた。
「大魔石を壊したってのはそういう事・・・ねぇアッキー、2人とも付き合ってるの?」
再び掘り返した疑問をアミリスタが言う。
パクパクと口を開閉させ、レリィが動揺する。それを見てアミリスタがほほう、と呟いた。
「付き合ってるわけじゃないさ。俺にはもったいねぇよ・・・」
キョトンとした顔でアミリスタとヴィネガルナがアキトを見て、少しの間の後顔を近づけた。
「気付いてないみたい。」
「ただのヘタレじゃない?」
「おいアミリスタなんか不本意な評価を受けた気がするんだが?」
青い筋を浮かべ笑うアキトにアミリスタが破顔した。あまり親しい男友達がいないアミリスタには、アキトの砕けた態度が合っていた。
アミリスタの的はずれで核心に迫る質問は、料理が来るまで続いた。