239.【彼が勝ち取るべき英雄剣】
景色を置き去りにして、そんなありふれた言葉を、まさかそう何度も経験するとは、少し前のアキトは知らなかったであろう。アキトは、今ですらも景色を置き去りに、むしろ、景色を切り裂きながら進んでいる。引き伸ばされて揉みくちゃになった景色は、アキトの動体視力では到底捉えることができない。
駆け抜ける道、ブラッドロードを走るアキトの瞳。そこに差した赤が、徐々に薄れていく。
「行けるところまで、飛ばすっ!!」
今はただ、時間が惜しい。
駆け抜ける。唯一の、突破口へと。唯一だというそれに縋るのは、少し癪ではあるが。それしかないのだから仕方がない。
全身に漲っていた力の後退を感じながらも、その歩みを止めずに走り続ける。
アキトが無謀にもイヴを探しに出たのは、この世界からの脱出方。ようは、ボス的な存在を探しにいくためである。アイリスフィニカの護衛としてライラを置いていったため、アキトの戦力は雑魚中の雑魚。寸前で与えられた完全防御の力は、奥義というのは少し簡単に出し過ぎてしまったが、命には変えられない。
そして、プツリと糸が切れたように、アキトから輝きが失われた。
「あがががが!!!」
踏み外した足が空を掻き、ブレる体が高速で傾き始める。地面へと急接近する中、必死で目を瞑り、無様に地面を引きずり回される。自分の慣性の力で。ようやく止まった頃には、顔面の右半分を血が覆うという物騒な惨状になっていた。
雷の女王と合間見えた時よりも怪我が激しいというと、何故だか悲しくなってくるが、そんな思考を振り払い、再び世界を駆ける。先ほどのような速さも、力強さもない。
しかし、イヴを倒すという意思だけは、そのアキトの歩みを力強くしていた。
満身創痍、といっても、顔にあった傷口が少し開いた程度の軽傷で、やっとのことで中央塔へとたどり着く。
天を突くは、絶対魔力都市の希望。アキトが勝ち取るべき、英雄剣であった。
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「あきとっ!!」
塔に侵入して待っていたのは、敵の伏兵でも襲撃でもなく、豊満すぎる胸の抱擁だった。
頰に当たってむにゅむにゅと形を変えるそれに、改めてその少女の戦闘力におぞましくなる。こんな交渉のされ方をしたら、奴隷にだってなってしまうかもしれない。なんて6割本気の現実逃避をしながら、血反吐を吐くような思いでその胸から顔を離す。
「ただいま、アイリス、ライラ。」
そんなアキトの言葉に、どこかで見たかのようにアイリスフィニカは不満げな表情を浮かべる。口に出すほどではないが、とどめておけるほどのものでもない。そんな微妙な感情の居所を持て余すように。
アイリスフィニカは、自分だけの名前を呼んでくれなかったことに、少しだけ気持ちを沈ませるのだった。
朝起きられなくなったら冬。アクシデント・エンペラーです。カルピス (巨峰)と炭酸水を混ぜて飲むとうまいです。かわいい2次元美少女の水色髪ショートカットメイド(妹の方)を雇ってひたすらサポートしてもらいたい。