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前身・その最弱は力を求める  作者: 藍色夏希
第3章【その血族は呪いに抗う】
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238.【アキトではないもの】

興が乗った。

己の頭からダクダクと流れ落ちていく血液の脈動を見て、信じられないと言った様子で、イヴが目を見開く。傷口をなぞった腕に、その脈流が流れていく。広がり続ける物騒な河川が、その石畳を埋めていく。

何もかもを置き去りにする孤独な速さ。他の何物にも追いつけない孤独の速さ。孤独で孤独な2つの最速が、競り合って、片方が負けただけ。

依然俯いたままのイヴが、ゆっくりと立ち上がる。そして、不意に背後の瓦礫の山を見た。


「そこにおるのは分かっておる。出てこい。余は、その軟弱さを好まぬ。」


投げかけられた声。それが自分に向けられたものだと分かってしまい、アキトは冷や汗を滝行中かと見まごうほどにかきながら立ち上がる。

果物ナイフをぶん投げてマクレアドを救ったはいいものの、残念ながらこちらに標的が向いてしまったらしい。アキトの残っている手札は、鋭く折れたレイヴンの骨と、付け焼き刃の屈縮術たち。どう見ても、目の前の種族的に上位の存在を下せるとは思わない。


「ほう。吸血鬼か。」

「ばれちったか・・・」


アキトを見て目を細めていたイヴが、唐突にアキトの種族名を言い当てる。彼女にも、アキトの小さい小さい、か細い瘴気を見つけることができたようだ。


「血の隠蔽が上手いのか、ただ単に血が薄いのか。余にはわからぬが、」

「・・・」


一度、そこで言葉を切ってイヴはアキトに向き直る。

ひときわ強い緋色の雷撃が、そのドレスを波打って爆ぜる。周囲の砂塵が舞い、それを雷がかける中で。


「この逢瀬に水を差したのだ。首を差し出す覚悟くらいは、整っているのだろうな?」


端的に言えば。イヴの目は、マジであった。アキトのせいで攻撃をもらった事が憎いとか、マクレアドに速さを貫かれた事が嫌だとか、一撃かまされた事に対する怒りとか、そういうものではない。

ただ単に、やっているゲーム機を取り上げられたとても言おうか。対局中の将棋盤をひっくり返す。アキトがやったのは、そういう事だ。しかし、神聖な戦いが目的だというイヴたちとは、アキトは違う。勝たなければならない。勝つことだけが、この現状を突破する糸口。

だから、この怒気をぶつけられ、過去へ舞い戻ったとして、アキトのする選択はおそらく変わらない。

覚悟を決めて、腰に差したレイヴンの骨を抜き去り、さながら剣のように構える。刃として研磨されているわけではない。眼前に刺突でしか傷をつけることのできない特攻武器。ないよりはマシ。あっても別に、そして、それらを踏まえずとも絶望的なアキトの無力さ。


無理だ。


速さにかけるパラメータは、いままでアキトが出会ったものたちの中で1番大きく振られているであろう相手。もし下手のことをすれば、認識する間も無く死ぬ。そして、戦おうとしても、眼前が一瞬で真っ暗に。クライルートに突入である。

詰み。しかし、死ねない。アキトは、死ぬことだけはできない。アイリスフィニカを助けるために、死ぬわけにはいかない。


そして、


「ふん、つまらん。」


ばちばちと高鳴り続ける雷撃が、緋色をまとい始める。

それは、まぎれもない。緋色の雷撃(レールガン)の予兆である。


そして、


アキトはそれを、待っていた。


ーーーーー


「アキト、ちょっと待って。」

「?どうした?」


今にも駆け出しそうだったアキトを、アイリスフィニカが辛そうに呼び止めた。

送り出す覚悟はできた。しかし、それでも心配が先行してしまう。その気持ちは、アキトにもよくわかる。

興都戦線での終盤。心配をかけていたのはアキトも同じなのにもかかわらず、レリィに心配かけされるな!とブーメランを豪速球でぶん投げたのは記憶に新しい。


「アイ、頑張って、アキトの力になれるようにするから。使ってくれ!」

「・・・!それ・・・は・・・」


鳴り響く鐘の音。


ーーーーー


ぷすり、ぷすり。

煙を巻き上げながら燃えるそれは、アキトだったものである。緋色の雷撃(レールガン)を浴びたことを発端に、それは既にアキトというには何かが違う。

黒焦げ、重症。生きているかもわからない?いいや違う。

そう。それは、アキトだったものである。

今は吸血鬼の、アキトだったものである。


「っ!!?」

「てめぇ、力を隠してやがったのか!?」


バチバチと雷を弾き返すアキトの体は、傷1つ付いていない。損傷があるとしたら、その左胸に刺さっている、短い短刀だろうか。

変わっているところがあるとしたら、左胸に突き刺さった、『アント・ヴェンリ』だろうか。


ーーー血に眠る力を、覚醒させる・・・か。


アイリスフィニカから聞いた説明を、脳内で呟いた。

アキトの吸血鬼の血を覚醒させ、弱々しかった吸血鬼属性を強く、より強固なものとした。つまり、アキトが吸血鬼でなかったら、たいして効果のなかったものだった。あの覇帝の戦闘から、皮肉な事に命を救われてしまった。

しかし、ありがたい。

術をかけられた者の体力を使い潰して強化を図るヴィネガルナの限界突破とは違い、アイリスフィニカの『アント・ヴェンリ』は、その短刀から力を供給してくれる。そのため、短刀から力が流れ続け、血に訴えかけている間は、覚醒状態を維持できる。アキトは、本当の吸血鬼でいられる。


消耗の激しかったアイリスフィニカが作れた『アント・ヴェンリ』は、酷く小さい。吸血鬼になれるとしても、もって数分。アキトの弱さを考慮すれば、1分もないとのこと。

つまり、吸血鬼になれるということを念頭においてはいけない。この『アント・ヴェンリ』は、あくまで防御用。吸血鬼の耐久力でもって防ぐしかない攻撃を防ぐための、スイッチとでも思っておけばいい。


ニヤリと口角を歪めて、吸血鬼化したアキトはほくそ笑む。そして、その体をイヴへと向ける。

通常のアキトからは何倍もかけ離れた力を手にして、アキトが突貫する。構えるイヴの腕へと拳を振り上げ・・・

スッと、横を通り抜けて、全速力で逃げた。


「な!?」


当たり前だ。最弱のアキトには、主人公のプライドも、吸血鬼化したことへの優越感も、ないのである。

いっそ清々しいほどの敵前逃亡に、イヴとマクレアドの間に見たこともない空気が流れたのだった。

チョコと炭酸は意外に合う。アクシデント・エンペラーです。本日2回目ですね、さっきぶりです。

実は現実世界のローファンタジーが結構好きです。ワールドトリガーとかは、もうストライクゾーンの真ん中をぶち抜いてます。ああいうの書きてぇ。

てことで、また明日。

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