237.【孤独の速さ】
ーーーアキト!?なんでここにいやがる!?
視界の端に捉えた少年が、その速さと美しさに目を奪われている間、マクレアドはその瞳を見開いた。
アキトの様な最弱は、この世界の一般人よりも弱い。そんな無力な少年が、この剣撃乱れる中で生き残れるはずがない。何をしにきたのか?そんな問いと困惑が、マクレアドの動きを鈍らせる。
そして、それを見逃すイヴではない。迸る雷撃が刀身を走り、半透明な刃に溶けるように揺らめきを増やす。それに照らされる表情は、影に塗れて酷く鮮烈。しかし、美しい。
トルトゥニス・プレクラウムが、放たれた。
剣尖の音すら聞こえない。切り裂かれた空気の音すら、その雷撃の前では遅い。そんな剣撃が、マクレアドの鼻先を掠めて背後に消える。刹那、現れたとてつもない空気圧と轟音は、いとも容易くマクレアドの後ろの建物を叩き壊し、大きな瓦礫へとリフォームした。
ーーーなんで逃げやがらねえ?お前は、そんな強さなんざ、持っちゃあいねえのに!
驚愕に囚われた一瞬。そこを突くイヴのトルトゥニス・プレクラウムは回避した。針に糸を通しながら全力疾走をして、アスレチックを踏破するレベルの業を優に超える攻防。放たれるイヴの奥義に、差し出されたのは巨大な瓦礫。
幸いにも、イヴはアキトを認識していない。この戦闘に集中してくれている。だからこそ、こちらからも、アキトへとコミュニケーションが取れない。
触れる、ブレる、振れる、ユラリユラリと舞い、鋭い一撃を連ねるイヴは、さながら舞い姫。身に纏うドレスが、そのイメージをさらに際立たせる。
大きく振り切った後、次の攻撃に移る瞬き半分ほどの時間。叩き上げてきた完全なる体術で、その中距離を一気に詰める。握られずに五指を突き立てるような構えは、威力的に強さが感じられない。しかし、イヴの瞳が静かに広げられ、ゾッとするほどの闘気が、一瞬で沸き立つ。
「緋色ッ!」
マクレアドの手中に、ほぼゼロ距離で撃ち込まれたレールガンが着弾。迸る雷撃を伴った爆発が2人を覆い隠し、次の瞬間にマクレアドがそれを抜けて吹き飛ぶ。勢いを殺すこともできぬまま空を走り、地面へと打ち付けられながらなんとかその動きを静止させる。
そして、さらなる追撃を仕掛けようと腕を伸ばしたイヴと、殺意に塗れた視線を交換。
距離は遠い。並大抵の攻撃は届かない。
「くそったれが」
そう、並大抵の攻撃なら。
どこからともなく放射線状を描いて飛来するナイフが、ちょうどマクレアドの前に落下を始める。そして、初めて、マクレアドがその拳の形を変えた。人差し指と中指を立て、それ以外の指を握り込んだ。そして、音を、雷を置き去りにした孤独な速さの化身が、ナイフを指先二本で挟み込む。
それはさながら、銃弾のようであった。発砲音は大きく筋肉の軋む、撓む、バネのような音。そして、とてつもない回転で持って推進するナイフに切り裂かれる空気、瓦礫、砂塵の数々。
イヴの緋色をかき消して、ナイフは一瞬で彼女の眼前に現れる。
雷の女王。すなわち、そのとてつもない速さを司る、最高峰。速さというカテゴリの中では、右にも、左にも、前にも、そもそも後ろにすら人はいない。はずだったのだ。
こんな速さなど、あるはずがない。
「驕るなよメス・・・目障りだ。」
迸る緋色の雷撃を伴いながら、ナイフはイヴの側頭部をかすめる。溢れ出した赤たちは、雷だけではなかった。
左手の握力がやばい。アクシデント・エンペラーです。多分左手だけで年齢検査的な事やったら89歳。