23.【死は絶対に覆らない】
体の痛みがほとんどない事に、アキトは驚いた。
「もう、朝ですよ?」
「っ!?」
突然背後で声をかけられ、驚きながら振り向いた。
瞳に映るわ麗しい少女、レリィだった。
「おはよう、レリィ。」
「はい。おはようございます。」
「1日ぐらい寝てたか・・・」
若干の体のだるさは、激戦の余韻だけでなく、1日も寝たきりになっていた事も原因だろう。
アワリティア。アカネは、その身を大魔石に吸われ、アワリティアをガルドに託した。
しかし、そのガルドもアキトによって倒された。
「この村は、どうなるんだ?」
村長を失ったカーミフス村は、この後、どう進み、どう発展し、生きるのか。それを、長を失った民にできるのか。
『カーミフス大樹林の崩壊』は、この村の退化という手段で行われるのではないか。そんな疑問が頭をよぎった。
「村長はこの村に必要ないという事になりました。見て見ぬ振りをしてきた悪の贖罪を、この村の繁栄として実行する。それが出来ると、みんな言っていました。」
「ああ。ユルドっていう立派な長が居たんだ。この村はまだ腐ってない。」
「はい。」
ユルド・カーミフスの作ってきた村は、そんな腐った村ではなかったはずだ。
ユルドが提案した献上意見に賛同した村人達だって、結局は諦めたが、ユルドに従って居た。そして、その諦めた分を、これから払っていくのだ。
木々の生い茂る辺境の地。
「アキトさんは、リデアさんが興都に連れて言って治療をするそうです。」
「そうなのか・・・」
何から何までアキトを案じるリデアに、罪悪感を感じるが、リデアもそんな感情を望んで居ない。
素直に感謝すればいい。
そこで、レリィが口を開いた。
「悪魔を身に宿して敵対行為をしたガルドは、興皇様が連行するまで地下牢にいます。それで・・・」
「それで?」
口ごもり、言葉を終えたレリィに首をかしげた。
アキトの視線を受け、レリィがたどたどしく言い始める。
「アキトさんのアワリティア討伐の功績は、とても大きいです。・・・でも・・・大魔石を破壊してしまったので・・・・・・皇の面目も考えると、報酬は与えられにくい・・・です。」
「・・・そうか」
そんなことかと、アキトが淡々と言う。しかし、レリィはまだ言葉を紡ぐ。
声が小さくなり、頰が紅潮している。
「リデアさんに興都で養ってもらうのは・・・」
「そうだな、自分で仕事を探して生きてくさ。」
「い・・・いえ、そういう事ではなくて・・・」
いまいち話の見えないレリィに、アキトが訝しげに眉をひそめた。
「私と、一緒に住みましょう!」
突然の同棲宣言に、アキトは意識を手放した。
ーーーーー
「すみません。話を飛ばしすぎました。」
「そうだよな・・・驚いた。」
意識を取り戻したアキトさんに謝罪して、赤面した頰に触れた。
勇気を振り絞って、言わなければならない。私だけのヒーローに、今言わなければならない。
「私は・・・興都で報酬がもらえるそうです。なので・・・。」
「それじゃ、根本が変わってないぜ。俺がレリィの優しさに甘えて、自宅を手にする。ほら」
「や・・・優しさ。」
心の奥で、ボッと怒りの炎が小さく湧いた。
アワリティアを倒すための算段を、まるで知っていたかのように見据えて、いとも容易くした癖に。
証拠のなかった殺害の証拠を引っ張り出して、証明した癖に。
孤独な私に気付いて助けられるような洞察力を持っている癖に。
自分に惚れた女に、気付いていない。・・・
「わ、私は・・・」
座っていた椅子から立ち上がり、自身を鼓舞するようにアキトさんの瞳を見た。
その時。風が吹いた。
ーーーーー
弱い風が水色の少女を撫で、揺れ動く髪と木の葉が合わさった。
その幻想的な光景に、俺は息を呑んだ。
必死に俺に何かを伝えようとしているレリィと、窓から覗くあの景色が、
「アキトさんを助けたい。」
敬語の抜け落ちた少女の言葉に、俺は言ってしまった。
「あ・・・ああ」
レリィは笑う。
これ以上ないほど綺麗に、美しく。
その笑顔に、俺は見惚れた。
ーーーーー
アキトは見惚れた。
それが、恋をした少女にしか出来ない笑顔だと知らずに・・・。
ーーーーー
レリィの興都行きが決まった日から数日後。
「じゃあリデア、よろしく頼んだ。」
「見ていかないの?」
「趣味が悪い。リデア1人で出来るんだ、俺は待ってるよ」
そうして、アキトが1人で歩いて行く。
ユルドが眠る墓前で、リデアは隠れていた。世界再現魔法でユルドの幻影を見せ、レリィの後悔を消すために。
リデアがなんでも願いを聞くと言うと、アキトは迷わずそう言った。
「久しぶりです。ユルド様」
気付けば、レリィが潤んだ瞳で立っていた。
木の裏から、再現する。
マナの輝きが溢れ、流れ出し、ユルドを形作った。
声が聞こえた。
「レリィ。あの男を、信じてもいい。」
「・・・・・・」
「言ってこい。」
そして、消える。
幻が、呆気なくきえる。
「リデアさん。」
「やっぱり、気付いた?」
「・・・はい。」
特徴的なマナを持つ世界再現魔法は、レリィに見破られたらしい。
「アキトがね、後悔をなくしてあげたいって。」
「やっぱり・・・」
「本当に、アキトってすごいわ。」
そんな事を言うリデアは、黒竜戦で救えなかった人々に、自分を重ねたのだろう。
レリィも、アキトはすごいと思う。
そして、含みのある言い方で、リデアが言葉を紡いだ。
「世界再現魔法で、声は再現出来ないわ。」
「え・・・?」
驚愕するレリィをおいて、リデアが歩き出す。
世界再現魔法は、リデアが知っているものを再現する。肖像画が残っているユルドを再現出来ても、知らない声は再現する事は出来ない。
あの懐かしい声を、レリィは思い出す。
あの声だけは、本物だった。
どこまでも自分を救うアキトにズルイと呟き、後悔や迷いが一切なくなったのを感じる。
どんな力を使っても、いなくなった、死んだ人間は蘇らない。
何があろうと、死は絶対に覆らない。
しかし、
ーーーーー
「この世界に絶対は存在しない。面白いよミカミ・アキト。」
中性的な声で、笑う。
「いいイレギュラーを持ってきたみたいだ。」
大戦終了まで、あと11人。