231.【雷の女王】
あぶねぇ、ぎりセーフ。すみません!
「俺は雷狼を殺してくる。いくら避けられないとしても、街のやつが死ぬのは我慢できねぇからよ。」
そう言って、マクレアドが走り出す。アキトの横を抜けて雷狼の元へと刃を届かせんとする彼に、辛そうな表情がよぎったのを見て、止めようと振り返る。しかし、残っていたのは土埃という彼の残滓のみ。
理不尽に死に、亡き者にされる事と、生き長らえながら死に続ける事、果たして、どちらが辛いのだろうか。
マクレアドの様子では、ループしている記憶はあるようだった。他がどうかはわからないけれど、アキトにはその選択をすることができる自信はなかった。
「アイリス、まだ残党がいるみたいだ。付いてきてくれ。」
「うん・・・」
そうして、アキトは中心塔へと向かった。
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ただ、淡々と。雷狼の迸る雷撃を躱し続ける。
人々の暮らしを支える建造物の数々は、今はマクレアドの行動を制限する壁であり、枷である。駆け抜ける雷撃の波動がそれを走り、マクレアドによって弾かれるか、彼に当たることもできないものもある。
マクレアドの見立てでは、己を取り囲む魔獣の数は約10体。遠くからちまちま遠距離攻撃に徹する司令塔に、自滅覚悟で特攻する先進部隊。それをささえるサポーター。あの時と同じだ。
「あと、少し・・・。あと少しだ。今回こそは、ぶっ殺してやる。」
掻き消えた遠くの雷狼が、マクレアドの眼前で雷を纏って突撃。しかし、放射状に放たれる落雷の全てが、まるで自分から避けていくようにマクレアドへと当たらない。
全てを避けたマクレアドの拳が、その隙を逃さずに雷狼の腹に突き刺さる。
「ギャウッ!!」
雷狼の嗚咽と血反吐を浴びながら、二手目の死の鎌が、雷狼の顔面を捉える。そして、首から先が弾け飛び、残された胴体も吹き飛ぶ。
圧倒的力の中、血の雨に怒るのは、1人の男。
かつては英雄とされた、屈縮術の担い手。今はただの、尊い犠牲者の1人である。
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迸る電撃。しかし、それらはただの1つもダメージを与えない。そう、ダメージを与えないのだ。しっかりと、その体に接触している。その体に、ねじ込まれている。それなのにも関わらずだ。その体には、痛みに喘ぐ様子も、辛い様子も見えない。むしろ、その強大さを増し、回復しているようにも見える。
そんな懸命の雷の刃、否、エネルギーの注入を受けて、女は立っていた。
バチバチと跳ねる金の雷を纏い、女が口角を歪ませる。
病的なまでに白い肌、雷で形作られたティアラは、絶えることなく波打っている。
「余は退屈しておる。あの戦闘狂はまだ来ないのか?」
やけに仰々しい口調で何者かを待ちわびる。
雷狼の群れに語りかける姿は、その容姿も相まって雷狼の女王と呼ぶに相応しい。そんな女の声に呼応するように、内の一体が静かに電撃を走らせる。
「ふん、つまらぬ男よ。余を待たせた上に、未だ人助けなどと・・・嘆かわしい。」
その電撃の知らせを受け取り、雷の女は静かに機嫌を悪くする。
待ちわびたデザートにありつく寸前、皿が一向に出て来ない状況は、だれにとっても堪え難い。たとえそれが、待てば巡ってくる周期の内の、たった一回であったとしても。
不機嫌な表情のまま、女は片手を地面へと向ける。そうすれば、手中から放たれた一条の雷が地面を撃ち、地面が轟きながらせり出してくる。椅子をかたどったそれに腰を下ろし、際どい太もものラインが見えるのにも構わず足を組む。
「早く余を楽しませよ、戦闘狂。余は待っておるぞ、貴様が殺しに来るのを。貴様がこの輪廻を、終わらせる時を。」
意地悪く笑う表情は、ゾッとするほど嗜虐的だった。