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前身・その最弱は力を求める  作者: 藍色夏希
第3章【その血族は呪いに抗う】
228/252

225.【アイリスフィニカは確信する】

最後の方を書いてる時に、ちょうどメガテラさんの『ゆめのかたち』が流れて、なんでか親和性高えなと思いながら書いてました。

それと、誤字報告なるものが届いておりました。なにぶん大雑把な性格ゆえ、後で一気に直すとかいいながら全く直してないですね、すみません。ですが、報告していただくとボタン1つで直せてしまう。めちゃめちゃ助かりました。ありがとうございます!


「えへへ、良かった・・・。アキト、無事だったんだね?」


ひゅっ、と。己が空気を呑み込む音が、やけに大きく聞こえた。体を起こしたアイリスフィニカが、微笑んでいた。

その献身的な態度に、自分を省みない性格に、その笑顔に、本心から安堵していると分かってしまうその笑顔に、その笑顔を、完全に守りきることのできなかったことへの怒り。だったのだろうか?

拳から滴り落ちる血を、乱暴に拭い、アキトはアイリスフィニカの元へと腰を下ろす。


何かを、話さなければ。

何を話そう?感謝?馬鹿じゃないのか、何が感謝だ。腕一本犠牲にしてのうのうと助かった自分が、どうして無責任に感謝を口にできる。謝罪?謝ってしまえば、この悲しみは無くなってしまうのか、自分への罪悪感を忘れてしまうのか?それだけは、してはいけない。


アキトの脳内を駆け巡る言葉の数々。

なにを言ってもまがい物のようだ。なにを話しても、語り手のようだ。偽りのようだ。

本心が、ただの悲しみだと分かっている。ただの怒りだと分かっている。血みどろの憎悪と怨嗟、溢れ出て狂ってしまいそうな負の感情の激流だと分かっている。だからこそ、口にできない。


偽物の言葉なんかより、沈黙の方がいいと思った。


なにも話せない。元気付けてあげられない。

アイリスフィニカの顔を見るのが、ひどく怖い。恐ろしい。

涙を滲ませていたら、憎悪に塗れてアキトを糾弾したら、底知れぬ感情を、読み取ることすらできなかったら。


「アキト。」

「ッ!」


アイリスフィニカの声が、静かにアキトの名を呼んだ。

どんな感情が乗せられているのか、わからない。もっとわかりやすかったはずなのに、もっと知れるはずなのに、どうしてだか、今だけは、その言葉に込められた感情が読み取れなかった。


「またそうやって、すぐに無理する。」


アイリスフィニカの右腕が、アキトの首へと伸ばされる。

しなやかな指先が首筋を撫で、頰をつたい、髪を触る。そうして、アキトの頭を優しく撫でた。

アキトの涙なんて御構い無しに、少年の涙を愛おしそうにすくって、


「アイは、アキトに心配されてるの、嬉しいからな。そんなに思いつめないでいい。」

「で、でも、」

「駄目。」


アイリスフィニカの手がアキトを撫でる。その行為が、アイリスフィニカからの気遣いな気がして。けれど、その対となるものの存在の消失に、涙腺が乾くことはなくて。心から漏れ出す感情は、留まることを知らなくて。


「お前も、・・・辛そうじゃねぇか・・・ッ」


それは、アキトだけではなくて。


「別にいい。アイは・・・片腕くらい、」

「嘘つけ!」

「嘘じゃない・・・!なんで、アキトにそんなの、わかんねぇだろ。」

「分かる!」


下を向いて、顔を隠そうとするアイリスフィニカ。地面に滴る雫を見なくても、分かる。どれほど、この少女を見てきたと思っている。


「お前・・・最近やっと、砕けた口調になってきてただろ!俺には、ありのままの話し方で話してくれるようになっただろ・・・!」


舐められないため。そう言って、強く在ろうとした少女は、男勝りな口調で人に接していた。けれど、最近は、やっとアキトに普通の口調で話しかけるようになった。その内包される感情が、暖かくなり始めていた。


それが嬉しくて、密かにアキトが喜んでいたことを、アイリスフィニカは知らないだろう。


「なんで今は、そんな他人行儀な話し方なんだよ・・・!」


彼女が口調を偽る時、彼女は自分を偽っている。

彼女が自分を偽る時、彼女は感情を偽っている。


そんな時は決まって、偽られた内側に、涙が海のように溜まっている。


偽りの仮面をつけているアキトだから、その辛さと、その虚偽を貫く難しさを知っているアキトだからこそ。鉄仮面を背負って生きようとしているアキトだからこそ、気づくことは容易い。


アイリスフィニカは涙をすすり、アキトの目を見つめる。


「ホントに、アイは片腕なんていらないよ・・・」


潤んだ声で、さっきの言葉を反芻する少女。けれど、彼女は自分を偽っていない。だから、涙を隠そうとしない。

「だから!」と声をあげそうになるアキトを遮るように、アイリスフィニカも声を張り上げる。


「アイは!・・・アキトを守るためだったら、それに貢献できるなら、片腕なんて捨てられるから!」

「そんなこと、!」

「アイが1番、辛い事、1番、悔しいのは・・・」


唇を噛み締めて、涙に瞳を震わせて、固めた右手の拳が、力なく震えている。


「アキトに、アイから抱きつくことが、できないこと!」


一際大きな声で、怒ったように、拗ねたように、少女は言う。感情が決壊したように、心中の言葉が溢れ出す。


「ホントは、もっと仲良くなって、アキトにアイから抱きついて、困らせてやりたかった!」

「お、おい」

「アキトが楽しそうに話してる女の子より仲良くなって、特別だって言わせたかった!アキトに意識させたかった!一緒に外に出て、アキトの好きなものを、全身で感じたかった。アキトのことを、思いっきり愛したかった。全部、アキトの辛いことも悲しいことも、嫌なことも!抱きしめて無くしてあげたかった!」

「・・・」

「アイはアキトの事、大好きだから!」


右腕をついて身を乗り出して、アキトの顔のスレスレで、息を整える。

顔は赤くて、今にも破裂してしまいそうだった。吐息すらも感じられるような距離で、今までにないほどの距離で、アイリスフィニカの瞳が、アキトの瞳を捉えていた。

誰よりも、アイリスフィニカは、アキトに近かった。


「左腕がないから、アイはアキトにできることが半分少なくなる。アキトにあげられるものが、他の人より少なくなる。それが、どうしても苦しいの。」


涙がアイリスフィニカの頬を伝って地面に落ちる。

乱れた息、呼吸のたびに揺れる肢体。なにもかもが、可愛く見えた。愛しく思えた。


「俺は・・・お前に好かれるような立派な男じゃない。」

「っ・・・!それって、」


アイリスフィニカの瞳が、さらに憂いを帯びる。いまにも流れ出してしまいそうな涙。それを止めるように、言葉を重ねる。優しく、ただただ、優しく。


「お前が俺のことをそう思ってくれるのも、こんな所にいて、他のやつを知らないからかもしれない。」

「違う!アイは!」

「だけど!」


アイリスフィニカの右腕をとり、バランスを崩すアイリスフィニカの体を、そっと抱きとめた。抱きしめた。


「今は、俺しかいないから。」


震えていたアイリスフィニカの右腕が、アキトの背中を掻く。震えた指先が服を掴み、頭を胸に押し付ける。両腕の中に収まってしまうほどの体なのに、その少女はとてつもなく上位の種族で。だけど、ただの女の子と変わらなくて。


「絶対に、分からせてやるから。」

「あ・・・」

「絶対、ここから出て、アキトの世界で、分からせてやるから。アイがアキトの事、どれだけ好きか。」


少女が体をアキトに預け、押し倒す。

倒れた先で、アキトの腕の中に全身を押し付ける。右腕で、必死にアキトとの繋がりを作る。


「だから、絶対に。死なないで、ここから出よ?」


果たして少女には、無理をした弊害がでたことを見抜いていたのか。はたまた、アキトの性格から、すぐに無理をすることを察したのだろうか。

体に押し付けられる胸の柔らかい感触と、背中で息づく震えた指。上目遣いでアキトを睨む瞳。その全てが愛おしい。

けれど、ダメだ。たとえアキトがどれだけアイリスフィニカを好いていたとしても、無知な少女に答えを返してはいけない。


ーーーお前はもっと、いいやつと結ばれないといけないから。


そうは思うのに、アイリスフィニカの表情からは、全然そんなことをしてくれるとは思えなくて。

アキトは、アイリスフィニカを思い切り抱きしめた。


「俺も死んだら、駄目になっちまったな。」


自分の犠牲は、イコールでアイリスフィニカの犠牲にも繋がってしまう。それほどに、アイリスフィニカのアキトへの好意は強かった。だからこそ、そして、あちらでアイリスフィニカに幸せになってもらうために、


「死ねねぇな。」


決意新たに、心に指針を突き立てる。

アイリスフィニカは確信する。


ーーーアキト以外を好きになるなんて、絶対にないからな。


はにかんだ少女と少年の周りには、淡く輝く光が流れていた。

マクレアドの姿は、既になかった。

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