220.【少女の苦悩に命で以って】
轟く轟音とともに空中に飛び出した烈火の炎は、天を突くバベルのように、アキトたちへと明らかなる不利を告げた。静かに崩れ落ちながら。
ハッとして飛び出そうとするも、視界のほぼ全てを黒に支配されているアキトには、魔力枯渇を押さえつけて走り出す力は残っていない。踏み出した足が地面を踏みしめ、膝で折れたそれが全身を地面に叩きつける。
そんな痛みに顔をしかめど、足掻きは止まらない。
知っているから、この街で戦おうとする者が、あそこに1人しかいないことを。
それが、吸血鬼の少女であることを。
「アキト!ダメだよ!魔力がもう残ってない、このままじゃ死んじゃうよ!」
涙を絡ませた声に振り向き、壁に手をつく。
アキトの体の状態は、大量出血しているのとなんら変わりはない。見た目が派手かそうでないかだけだ。しかし、倦怠感という意味では、はるかにこちらの方が大きいだろう。
「ライラっ・・・・・・アイリスを・・・」
「っ、で、でもっ」
どちらかを見捨てないければならない判断。断るわけにも、容認するわけにもいかない。例えば選ぶことができるとしても、この苦悩は変わらないだろう。けれど、判断を下したのはアキトだ。その責任に殺されるのは、きっとアキトになる。だからこそ、己の選択を信じることよりも、その指示が辛かった。
どうにか打開策を見つけようとするも、瀕死の2人をどうするかの解決法は見えない。
「速く!」
血を吐くように響く、嗚咽にまみれたアキトの怒声。ビクリと体を震わせながら、ライラがしかし決断する。
少女が、走り出す。
1人残されたアキトが、ぽつりと呟く。
「ごめんな、ライラ」
仰向けに転がり、手のひらで太陽を遮る。その力すら尽き、瞳に自分の手がポトリと垂れ下がってくる。
アイリスフィニカを助けたい。そんな冒険の始まりで、力を求めて。ここで死ぬ。
結局、この魔力枯渇は前の戦いの傷跡で、やっぱり力のないせいで。弱かった、倒せなかった。だから、犠牲をもって敵を制した。
もしもここで死んでしまったら、アイリスフィニカは。
脳を過ぎる。
脱走は、やめてしまうかもしれない。いいや、きっと成し遂げてくれる。
考えるのすらだるくなってきて、体に力が入らない。呼吸が苦しくなる、足が痙攣している、指先が、足先が、感覚が、無くなっていくような。砂のように消えて、その風にさらわれてしまいそうな。己の無力を、感じさせるような。
砂つぶのような力だと、言われてるような。
ほんの少しだけ開けていた視界も、既にその役目を放棄し、眼前の漆黒はやっとの事で完全になることができた。黒に塗りつぶされた世界に残るのは、か細い息のくぐもった音と、それをかき消してしまいそうな耳鳴りの音。頭痛すらも、その音に負けているように感じた。
普段は平和に過ぎ去っていくのであろうその景色は、血色に塗られていた。
なぜか、一箇所を除いて。
「アキト・・・変わった名前だね。」
血色に塗られていない何かが、アキトの前に立つ。太陽光をなくした漆黒がさらに深くなることで、アキトは誰かがいるのだと認識した。
か細くはあるが、その声も聞こえた。
誰だ?そんな問いかけのために口を動かしたつもりでも、息を吐き出したつもりでも、感覚すら消え去った少年にはできているのかわからないし、冷静に考えてできているはずがない。それを察したのだろう。アキトの前に立った男は口を開く。
「覚えていないかい?少年。」
『天気の子』面白かった!食わず嫌いを殴り殺す作品だと思います。そして、見た後家に帰ったらめありーさんとカタムチさんの『グランドエスケープ』を見つけるところまでがワンセット。ありがとうございます。
どうでもいいですけど、『天気の子』って打ったら『天キノコ』に変換されたんですけど。どうなってんだこの機材。