218.【守るための力】
ダクダクと流れ落ちていく血液には、『アント・ヴェンリ』からアイリスフィニカに供給されていた輝きが、まばらに散りばめられていた。このまま蹲っているだけでは、エネルギーの浪費に他ならない。わかっている。その、皮肉にも美しい輝きによって、痛いほど理解している。
けれど、そのアイリスフィリカを包み込む兵装は、理解と事実を崩すには、少々力を使いすぎる。
伸ばした手は空を掻き、力なく血まみれの地面にぐしゃりと落ちる。
ーーーなにが足りない?その害獣を叩き切るのに、なにが足りない。
脳内で反芻される言葉は冷静だった気がした。けれど、どうしてだろうか?
生命の危機に瀕している状況で、圧倒的不利な状態なのに、どうして自分を冷静に見つめる意識があるのだろうか。
どうして焦らない?どうしてあわてない?どうして生への執着を見せない?
どうして、命の危機を感じていない?
ただただ雷の猛獣に制裁の鉄槌を下す方法にしか思考のリソースを割かない考えが、そろそろこらえきれない違和感となって、体に現れる。
雷の音が響き渡る。
ただ速く、そして眩く輝く、ひとつの矢とも言えるような鮮烈な刃。アイリスフィニカの最後の光景となっていてもおかしくない。むしろ、ならないことのほうがおかしい落雷の刺突が、少女の頭上に降り注ぎ、その莫大な火力と即効性の雷鳴の音色が、アイリスフィニカを蹂躙する。
そんな未来を消し去ったのは、まぎれもなく重症だった、アイリスフィニカだった。
「残ってる『アント・ヴェンリ』はあと少し。」
ほとばしる雷鳴を背中に背負い、電撃を纏ったその姿は、血まみれでかろうじて立っているアイリスフィニカより圧倒的に力強い。しかし、吹けばとんでしまいそうなほどに憔悴しきったアイリスフィニカと、雷鳴の狼の対する戦場をみていたものなら、力関係の差は一目瞭然だった。
灯火のように揺らめく弱弱しいアイリスフィニカの命の炎は、曇天に覗く轟音のような狼より、数段迫力というものがちがった。なぜならば、麗しい少女の表情は、血に染まった笑みだった。
そっと握りしめた拳には、なぜか湧き出てくる力があった。
「お前を倒すのに必要な力ぐらい、自分で作り出す。もうアキトに」
少女は云う。
「無理はさせられないから。」
輝く気泡の幾多の反射。アイリスフィニカさえも包み込んでしまいそうな大量の赤は、すでに少女の首元にまで侵食しており、アイリスフィニカを赤がすべて包み込むのも、そう遅くはないだろう。
思い出したかのように狼の雷撃が再びアイリスフィニカに放たれる。
少女の姿はそこにない。
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後天的顕現魔法の特異性と、その強大さは、たったひとつで皇家級の威力を軽くうわまわる。
特異さが強い顕現魔法のほぼすべては、後天的といわれている。
ライラをはじめとする後天的顕現魔法の所要者は、アカネや夏希、カガミのように大多数が強者とよばれる部類にある。
魔法のみの希少性だけでいえば、ライラや夏希、カガミ、ラグナなどと同等である。
そんな希少な才能を認められた少女に、力が問いかける。
お前は何を成したい?お前には何ができる?お前は何者になりたい?
ーーーお前は、何を求める?
駆け巡る。血液が、エネルギーが、体内を駆け回る。
ひときわ強く光り輝く腕に力が集まる。
「アイは、力が欲しい。守るための力が。」
長らくお待たせしました。
8月は、別れが多すぎました。すみません。