214.【死を軽んじて死に嘆く】
グロ表現多めです。
この街は、全てが魔力で回っている。
僕も、彼も、彼女も。
そして、格差というものも、魔力によって制限されている。人々の中で魔力の少ない者を嘲るのは、既に時代錯誤の馬鹿馬鹿しい愚か者。この街の中では、そういう空気が流れている。
いや、誰も、そのような物を望んでいないから、そういう空気が、生まれている。
そう、この街では。
そんな街の中で、勉学舎という自立した世間を持つ場所では、どうだろうか。
子供の残酷さも相まって、その世界では誰もが口々にこう言う。
『魔力は、その人物の格。』
格差社会に毒された、とてつもない環境に汚染されている彼らは、自分の魔力量より下の者たちを下に見る。例え自分より高かったとしても、くだらないプライドのために、くだらない勝利意識と承認欲求に突き動かされて、これまたくだらない生き方で人々に不愉快のタネを植え付けていく。
生きる害悪、死しても粗悪、口を開けばイバラに刺され、姿を写せば苛立ちが湧き上がる。
最低で、最悪で、クソの役にも立たない虫けらの、烏合の衆の大合唱。己が優秀だと人を貶すわりに、大した力も意志も、何も感じられない。社会のゴミとなるのがどちらなのか、その主観で見なくても明らかだ。しかし、それでも。
けなされる苛立ちは不安を募らせ、植え付けられた苛立ちのタネからは、恐怖という名の花が咲く。
全ての悪感情を込めて、ただひたすらに苛立ちを含めて、殺意すら入っていそうな眼光で、ただ口をつぐむ。
例えここで言い返したとしても。それは、彼らと何も変わらない。
自分が世界の害悪と貶す彼らのようになってしまうのは、虫の居所が悪い。そんな言い訳をして、僕は口を閉ざす。
僕は拳を握る。
勉学舎の壁が、亀裂を走らせた。
「後ろ!!」
必死に叫ぶ。
例え目の前の屑が害悪を撒き散らす公害のような存在でも、頭に欠陥を抱えたかわいそうな存在でも、それらが死んで愉悦に浸る外道には、慣れない。
彼らの後ろで崩壊した壁から、朝日がさんさんと照っている。そんな翳りのなかった日の柱に、唐突に、不気味なフォルムが姿をあらわす。
形容しがたい容姿を、強いてあらわすなら。
ーーー『狼』だろうか?
魔獣。
この世界に巣食う害悪。僕たちにとっての彼らのように、世界にとっての害悪。それが、魔獣。きっとそれは魔獣だ。そうでなければ説明がつかない。
目尻から流れる稲妻のライン。幾何学的に体毛を走るそれは、時折明るく迸り、どこからともなく集まってくる電撃が、その尾を明るく彩る。
昔、熊を見たことがある。
魔力の少ない父親は、猟師として生計を立てており、共に帰宅途中に、その巨躯はのっそりと姿を現した。
己の視界全てを覆い隠してしまう黒く濃ゆい影の圧迫感に、僕は最期を悟ったのを覚えている。彼らの後ろでバチバチと騒がしく体を揺らす狼は、それを超えていてもおかしくないほどの巨躯を誇っていた。
「危ない!」
「は?あいつ何言ってんの?うけ」
いつも通りに仲間に賛同を求める格差社会制作主犯格の男。群れる事でしか優越感に浸れない欠落した感性をお持ちの好機で素晴らしい(笑)の彼は、途中で言葉を止めた。
僕を指差して笑おうとしたのをやめた。
僕を指す指先は、無くなっていた。
「きゃあああああああ!いだ、いたいって、何が!?がああああ」
滂沱で醜い顔をさらに歪ませる。血液に彩られて痛みに叫ぶ彼の姿と、それを成した巨躯を見て、他の連中も恐怖に尻餅をつく。
「ちょっと待って、おま、た、助けろって!?やめ、あかがが」
ほとばしる電流が大気を輝かせる。
僕に見えたのは逆の手を再び噛みちぎられる彼の姿だった。
「痛ああ"ああ"ああ"!!おま、馬鹿じゃねぇの!?なにやってんだよ!」
少しは自分でどうにかする気は無いのだろうか、痛みにもがいて地面をゴミのようにのたうち回り、蒸気が立ち上る汚いらしい液体が、彼の股間から漏れ始める。
誰もが硬直して唖然とする中、彼の断末魔だけが響き渡る。そして、3回目の突貫。雷のごとき牙の蹂躙は、彼の胴体を貫き、滝のように流れ出る血液が湖のように血だまりを作る。
「やめ"、ごめ"ん"なざい"!!ずいばぜん!あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
口から溢れ始めた血液が、その汚い顔面を塗りつぶしていく。口から漏れでた血液が鼻に侵入、目を侵食、えづきながら嗚咽を漏らし、酸素を求めるも、口に逆流する血液が脳髄を鋭く刺激。吐瀉物を撒き散らしながら血の海に沈む。
ゲロまみれのそれを、ゴミのように踏みつけて、重さに耐えきれなくなった体が水の入った袋のようにぐちゃりと割れる。しかし、まだ息はあるようで、声にならない声で叫んでいる。
そして、
血液を伝って帯電した電流が、はらわたを撒き散らすほどの勢いの爆発を起こす。
全く後味は良く無いけれど、僕の憎んだ相手は死んだ。せいせいしているはずなのに、どうしてだろう。少しも、嬉しくなかった。