210.【吸血少女の報復】
ただいま。
撃ち抜かれた頰の痛みには、大して意識はいかなかった。ただ、モロに攻撃を喰らってしまったことへの焦りと苛立ち、焦燥感に彩られて大きく膨れ上がる、炎のような無力感。
ゆらゆらと燃え続けるそれは、男の拳に灯っている炎によく似ていた。
「本当に、すぐに無茶する。」
唐突に勢いを失った炎が揺らめきを増やし、やがて1つの火種となって地面に落ち、ジュウ、という石畳が焼ける音とともに、溢れていた灯、焔々の輝きが、一瞬で焼失した。
「なっ!?」
己に纏わりついていた炎、性格に言えば執拗なまでの痛み。傷跡を這い回る炎の全てがなくなったことに、男が困惑の声を漏らす。当然だ。魔力によって生成した魔法が、なんの攻撃に触れたわけでもないのに、己の意思以外で消え失せたのだから。
再び魔力を高めて炎を出そうとする気すら出なかったのだろうか、茫然自失といった様子で、男がアキトにその視線を向ける。
瘴気の見える彼が、アキトに何を感じたのか、じりじりとアキトから距離を取る。
「悪いな。今のは、俺じゃあない。」
口の中でじっとりと滲み出した血を飲み干し、鼻血を袖で乱暴に拭く。
そう、たとえ吸血鬼の末裔、眷属のはしくれといえど、アキトに備わっている能力は大したものではない。ほんの少しだけ回復が早いだけ。魔力を唐突に消し去るなど、できるはずもない。
「は?」
「随分世話になったな・・・アイの眷属が・・・。」
男がバッと振り返る。その魔眼じみた目で見れば、見えてしまったのであろう。その少女の深淵が。
吸血鬼の少女の、アイリスフィニカの根源が。
ゆっくりと歩き出したアイリスフィニカに、アキトなど忘れたように男が臨戦態勢をとる。構えた彼の手中から、煉火の暴力が顕現しようとしたところで、ピタリと男の動きが止まる。
アイリスフィニカに怖気付いたわけではない。降参するつもりも、毛頭なかったであろう。それは、彼にとって、回避不能のチート級の拘束技だった。
パキパキと音が鳴り響き始める。
アイリスフィニカの歩みが止まった。男の頰に手を添える。人差し指を浮かせて・・・
「ばん。」
幼い声、可憐な声に安堵した男性陣の鼓膜を、レンガのひしゃげる音に混ざり合う爆砕音が、乱雑すぎる旋律として潰しにかかる。顔の前で腕をクロスさせ、風の抵抗を受けないように必死に耐えたのにもかかわらず、吹き飛ばされて尻餅をついてしまうほど、アキトにですら膂力が襲う。
数瞬の後、風と輝きがアキトを通り過ぎ、やっと瞼を開けた時。
男は泡を吹いて倒れていた。
「だいじょうぶ?アキト。」
いつかと同じようにかけられた言葉。まだ、アキトが今より弱かった頃にかけられた言葉。アキトの心があった頃の。それが、あの時から変わっていない。そう、詰られたような気がして、自分で自分をそう傷付けて、疲弊しきった笑顔を浮かべる。うまくできていたかは、分からないけれど。
ーーーーー
「魔力映像?」
「うん!」
怪訝そうな表情でそう尋ねたアキトに、ライラが大きく首を縦に振って答える。
アイリスフィニカに呼び戻されて数分後、宿では奇妙な現象についての緊急会議が行われていた。半数の精神年齢が低いところが残念ではあるが。
ともかく、それはアキトには無視できない話だった。
「ずっとレヴィアタンと連携が切れてたんだけど、いまからちょっと前に、少しだけ何かが見えたの・・・」
少しだけ悩む動作をしてライラが話し出す。
「きっと、あれは・・・レヴィアタンが見てる景色、だと思う。」
うろ覚えですが、今日の誕生花は『アベリア』だったと思います。
ちなみに、自分は『アベリアに代わる何かを』がとても好きです。
歌詞の暗い雰囲気を、曲調であえてアップテンポにするギャップにやられました。IAの震えるような歌い方もめちゃめちゃ好きです。
2回目のちなみにですが、メガテラ・ゼロさんのカバーもすごいです。最近で1番好きな曲です。