204.【黄金の伏線】
街の中心にそびえ立つその建物は、アキトの視界に入りきることはない。それほどまでに巨大な塔の壁に、自分の視界がダイレクトに叩きつけられているのは、一体何度目だろうか。
何度もその大きさに絶句して、その必要性に首を傾げ、迎撃の方法に思考を任せる。
分かることは、何もなかった。
「なぁ、ここに入れるか?」
だから、ある意味チートと呼んでも良い力に縋ろうと、人目を気にしながら小さく呟いた。282の反応を期待して呟いたが、当然反応はない。アキトたちを連れ出そうとすれば、この世界を作り出している月の少女を殺してしまうかもしれない。だから、迂闊に282も精神をこの世界に飛ばしてアキトと話せないのだろう。
「ダメか。」
すぐに頼ろうとしてしまう自分に対する当然の結果のように思えて自嘲し、無理にあげた口角が下がるのを冷静に感じた。
精神の磨耗は、どれくらいだろうか?
わからない。心がないから、鉄仮面で覆い隠しているから、わからない。
ゆっくりと塔の入り口に手をかける。
思い切って落としたドアノブからは、開かないという意思表示の鈍い音。
「アキト、ここ、入りたいの?」
「?」
そんな悲しい拒絶に苦笑いしていると、後ろから声をかけてくる幼い声。もちろん、それが誰なのかは脳が瞬時に導き出し、返すべき答えも決まっている。NOだ。こんな幼い少女に、わざわざ手を煩わせて不法侵入するつもりはない。入りたい理由だって、アキトの根拠のない好奇心なのだから。
口を開く。否定の声を上げるため。
「ああ。入りたい。」
自分の、しまったという声が聞こえてしまうほどに、脳内の言語能力が荒れ狂っていた。
明らかに断るつもりで口を開いた。明らかに大丈夫というジェスチャーを取ろうとした。断じて、情けない言葉を吐くつもりも、頭を下げて頼み込む動作も、予定していなかった。
「いいよ。ちょっと待ってて?」
「あ、いや・・・」
ライラの声。
彼女の持つ力、『者』に疎まれる彼女は、『者』の心の中にある嫉妬心をさらけ出し、増幅させ、こちらに向けてしまう、パッシブデバフ。そのかわり、全ての『物』に愛されるパッシブスキルも持つ。つまりは、その段階で心をさらけ出すわけで、虚偽の言葉なんぞ吐けるはずがなかった。なんせ、今のアキトの疲労は、なかなかにひどい。
「ここを通してくれる?」
花を愛でる童女のように。静かに眠る幼女の吐息のように。子供をあやす母親のように。静かに笑う、老婆のように。この世界に美しさをもたらす、聖女のように。優しく、甘く、強く、幼く、艶やかで、暖かい声で、ライラはそれらに言った。
そうして、固く閉ざされていた頑丈な鉄扉は、歓迎するかのようにゆっくりと手を広げた。
ーーーーー
「どうして協力してくれたんだ?」
扉の先に広がっていた螺旋階段を上りながら、アキトが暗闇の中の少女に問いかける。
「アキトがあんなに強く願ってたから。何もないはずがないって思ったの。」
「俺が・・・」
あまり意識していなかったが、ライラが一目見ただけで分かるほど、アキトはその扉の奥へと向かう道を渇望していたらしい。けれど、それが何故なのかわからない。いつも戦っている時に、何かに引っかかる。突破口からの弱々しい光に照らされ、それを探そうと足掻いている時のように、何かに引っかかった。
だからこそだろうか。この塔に対して、異常な執着をしてしまったのは。
カタリ、カタリと、2つの足音がの連鎖が続き、頂上から射す光が強くなっていく。しかし、まだ距離はあるらしい。
「アキト・・・迷惑だった?」
そんなややこしい思考の渦にはまっているアキトの前で、少女が立ち止まって聞いた。声は潤んで震えていて、同じく握った両手の指は、スカートを握りしめて小刻みに揺れていた。少しだけ涙目になっているライラは、アキトの思考が不機嫌に思えたらしい。
戦闘力で言ったら化け物なのに、精神はそこらへんの女の子と変わらない。
「いいや、そんなことない。すごい助かった。ありがとう。」
そうして弱々しく笑うと、先ほどの不安が消し飛び、明るくハツラツな笑顔ではにかんだ。そんなライラの表情は、暗闇の中であるのに、とても綺麗で明るく見えた。
まだ、アキトの笑顔は嘘かもしれない。きっと、少し前のウルガのように、無理をした笑い方になっていたかもしれない。でも、感謝の気持ちが伝わったのなら何よりだった。
「行こう。頂上はもうすぐだ。」
「うん!」
足取り軽くライラが踏み出す。それに続き、アキトも階段へと足をかける。
再び始まる足音の連鎖。つづく息遣い。輝きを増す天上からの光。
開けた部屋に出た。
柱しかない、壁の取り払われた部屋に。そして、アキトは見た。ライラは見た。
何故だかはわからない。しかし、どうしても頭から離れないような鮮烈なそれを。
紅い血に染まる竜が描かれた、美しい黄金の剣を。
「っ!!」
思考を駆け巡る貫くような直感の正体に、アキトは気付けなかった。未来の伏線が目の前にあることに、気づかなかった。
調子にのって巨大なハニートーストを作ったら、全力でお腹壊しました。アクシデントエンペラーです。