199.【『技術』を収める世界】
草木の音が鳴り続ける。軽くはないが、決して重くもない足取りが、その先に見据えた場所へと距離を縮める。
この世界は、どこかの誰かが残した技術の全てを保管している世界。この樹林、もしくはそれ以外のなにかが、この世界にもあるのだろう。
エゴロスフィニカの悪意によって召喚されたこの世界の主は、『月』のアキトにどう接するのか。
レイの世界に飛ばされたことを考えれば、そのまま死んでもらえるとありがたかったという思惑に見えなくもないが、その後のこの平和な世界を見ると、そんな気持ちも薄れるというものだ。
「アキト!あれ、街じゃない?」
「街?技術の保管庫だぞ?街があるわけないだろ。」
ライラは大罪囚。その幼げな容姿とは程遠いスペックを有する、化け物と称される実力者。その視力ならば、アキトには見えないような場所まで見通すことができても、不思議ではない。
しかし、はしゃいでいるライラの言葉に、アキトは理論的に疑問を持つ。この世界は、技術を保管する世界。なぜ人が集まり群を成す街が、こんなところにあるのだろうか?
「でも、そんなこと言ったら、あの骨のやつがいるのはおかしくない?」
「え?いや・・・言われてみれば・・・」
「でしょ?」
技術を保管する世界に、その技術を運用するものは含まれない。282の言葉には、絶対的に嘘がない。ほんの少しの矛盾だって、あるはずがない。なら、その言葉通りに受け取ろうじゃないか。
この世界は、『技術』を収める世界だ。
その運用者までは、存在しない。
存在する、はずがない。
「ああ、そうか。」
「どうしたの?」
そんな矛盾に頭を抱えていたアキトが、唐突に顔を上げる。
ひょんな事から閃いたことだが、その理屈が正しいのなら、レイヴン・レイクロスという人間が存在していることも頷ける。
「あのレイは、技術の一角だったんだ。」
「技術のいっかく?」
「ああ。あいつは生前、少なくとも人の姿だった。」
最後のレイとの、戦いと呼ぶには些か簡単すぎて、処刑と呼ぶには複雑すぎる邂逅。どうすることもできない世界の、どうすることもできなかった彼は、アキトの前で生きている頃の姿を晒してみせた。
金髪のなびくその姿は、どうしようもなく人間で、レイだった。つまり、彼は生前人間の姿で、死んだ。
「多分、人間の体の時に、骨の人形を動かす技術でもあったんだろうな。」
骨の人形に何かの魂を定着させ、その本能的行動、規律的行動をさせる技術。骨の兵士にでもなりうることができた技術だ。
「それで、死んだレイの魂が、保管されていた空っぽの骨人形に定着。あそこで長く生きてきたんだろう。」
完全に精神を病み切った状態で。
なにも、レイが悪くないとは言わない。なんらかの要因で紛れ込んできた人間、生きとし生けるもの達を、彼はその手にかけ、血を森に捧げ続けてきたのだ。悪くないはずがない。たとえ生前の環境が悪かったとしても、それに靴屈したのはレイの弱さだ。
だから、最後ぐらい、その弱さを切り去ってあげたかった。アキトの刃によって。
既に死んでいた身。レイを蘇生する手段はないし、彼もそれを望んでいない。アキトの目の前で、明確な死を決定づけた初めての相手は、レイになったわけだ。
「じゃあ、あの街も誰かのぎじゅつのいっかくなの?」
「そうかもしれないな。敵対してないことだけを祈ろう。」
ただの人が束になって襲ってきたのなら、ライラの爆撃で片付けることもできようが、腕の立つもの達の集団戦術は、最強の孤軍奮闘を打ち破ることもある。こちら側の絶滅寸前吸血鬼と、大罪囚序列2位の戦力だろうと、危ない戦いになるだろう。無論、刃を交えない可能性だってあるのだが。
「もしかして、街ってあれか!?」
「おお!思ったより大きかった!」
ライラとて、木々に阻まれてしっかりと見えていなかったのだろう。改めて見えた街の全貌に、感嘆の声を震わせる。そしてその横で、アキトとアイリスフィニカも同様に。
青を基調とした屋根の数々に、灰色の壁やレンガの道で形成された、美しい街並み。遠目から見てもわかる、美しい街だ。
「俄然怖くなってきたな・・・機関銃とかぶっ放してこないよな?」
高くそびえ立つ防壁から撃ち続けられれば、どこぞの白髪近代兵器オタクの方を連れてこない限り突破できまい。何せ、こちらにはレールガンも杭もミサイルもないのだから。
おそらくそんな高等技術武装をしていることはないだろうが、不安の渦にはいれば何をされても抜け出せないアキトだ。不安を胸に街への道を更に進む。
メガテラ・ゼロさんの『展望台の少女』がとても良い・・・おすすめです。