1.【試練たちの始まり】
修正済です。少しだけ文が詳しくなった?かも。
「異世界転生、いや異世界召喚か。」
眼前には、巨大な樹木。降り注ぐ木漏れ日から覗く世界は美しく、人間達によって汚されてしまった地球よりは幾分かマシなはずだ。
そんな柄にもないことを考えてしまったのは、先程まで都会にいたのに、次の瞬間樹林にいる。なんていう非日常のせいだろう。
煩い程に思っていた、人の声、足音、エンジン音。急に喪失した、それらを求める事があるとは思わなかった。
死んだ記憶はない。つまり、十中八九異世界召喚。だというのに、
「こういうのってもっと街に出るんじゃないの?」
異世界召喚=世界を救って下さい。だと思っていたのに、ここは完全なる森だ。えらく上から世界を救えと言ってくる王様も、一緒に召喚されたクラスメイトも、役職を伝えてくるイケメンもいない。
これは、ハズレの異世界召喚というものだろうか。
だからこそ、気付いた。
「これは!?」
都心の様に、目を惹くものがあれば気付かなかった。
あの世界のように、何かに意識を割くことがなかなかできない多忙な世界では、気付かなかった。
ーーー太陽がないことに。
それは、必然なのかもしれない。何せここは異世界なのだ。
地球と同じ常識が、当てはまる事がおかしいのかもしれない。
当たり前のように太陽があり、当たり前のように月がある。当たり前のようにパラメーターがあり、当たり前のように強くなる。そんな、都合のいいゲームのような世界が、あるはずなんてないのに。
「太陽が無いのに、こんなに明るいのも・・・」
考えるだけ無駄かと思い、無理やり思考を停止させた。ここでいくら悩んだとて、この状況を脱することはできないし、胸に巣食った不安は大きくなるだけだ。
そこで、考えられるのはこの先の事だ。
商業の中心や、迷宮都市ならまだしも、この辺境の樹林では生存の可能性も低い。このまま敵も味方も人さえもいなくて、普通に餓死するという展開も全然なくはない。
「さて、どうするか。」
ーーーお前が・・・アキト・・・だな?
その声は、スルリと脳に入り込み、驚く程速く浸透した。まるで自分が見知った、まるで自分がとてもリラックスするような。
耳鳴りの様に聞こえないような、肉声のような響きを持って。
だというのに、そんな声は知らない。知りたくもない。
ーーー俺の名前を、よんだ。
ただそれだけの理解に気付いた時。背筋を悪寒が駆け抜けた。恐怖と動揺に、狩られ辺りを見回す。姿が見えない、気配がない、名前を知られている意味が分からない。
こんなもの知らない。今まで数え切れないほど読んできた小説、ゲーム、漫画の中で、こんな展開なんて知らない。
自分は平均より劣っているだけで、とんでもない落ちこぼれでも、何かの奇特な才能を持っているわけではない。強いて言えば少し絵が描けるくらいだ。それなのに、
「ミカミ・アキト、で間違いはないな。」
「誰だ!」
再び名前を呼ばれ、叫ぶ。
脳内で疑問が飛び交う。どうしてという言葉が、何故という泣き言が、脳内で反響して、不安を大きくして行く。そして、そんな不安を取り払うように、不可解な状況を打破するために、叫んだ。
お前は誰かと、何者なのかと。
けれど、その声には音があった。
抑揚が無く、冷淡な声ではあったが、先程と違い肉声だった。どこか艶やかな声には、知っていないという理解があり、その発音にはアキトという人間と同じという情報が詰まっている。
場違いな、安堵。そして
「殺せ、マモン。」
次に襲いかかってきたのは、先ほどまでけたたましく鳴り響いていた疑問をさらに凌ぐほど大きく、恐ろしい、絶望だった。
「アアアアアアア」
断末魔のような叫びが世界に木霊する。何かが爆裂する音が鳴り響き、轟く風圧が全身に叩きつけられた。
それは全てを持ってして、最大級の力で、アキトの恐怖の糸を引きちぎる。
叫ぶ事も忘れて、否、叫び声をあげる余裕など無く。ただ、心の奥底に眠っている逃走本能にのみ従って、いうことを聞こうとしない臆病な体達に叱責の嗚咽を投げ。
走る。
ーーー逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。
頭の中でループするその単語。どれだけ、そう考えたとしてもどうにもならないというのにも関わらず、消えることを知らない命令が、脳内を支配して、思考力に寄生して、体力に喰らいつく。
だから、
逃げ切れるのか?
そんな疑問が、ずっと消えることなく続いていた共鳴を、皮肉なことに一発で打ち消した。
恐ろしくて、確認する事など出来ない。そんな事をして、時間をロスしたくない。このまま振り向いて眼前に現れる者が何なのか、知りたくもない。ただ、走るだけ。
「う・・・あ・・・?」
首筋を撫でる疾風、眼前で舞い落ちる木の葉。じっとりと冷や汗で濡れた全身に透き通った風、やけにゆっくりと見えた木の葉たちの舞。
そして、遥か先へ現れた影。
明らかに異質。人間には到底真似できないほどの速さと、人間だとは絶対に思えない骨格、色合い。
ーーーやばい。これは、死ん
言い切る暇もなく。言い切らせてくれるはずもなく。
グシャリ、と。無慈悲なたった1つの粉砕音が、やけに大きく聞こえた。