196.【何処かの誰かの成れの果て】
「イメージかぁ・・・戦って見たらわかるんじゃない?ライラとしよーよ!」
「馬鹿、お前は俺と戦闘力の差が段違い。瞬殺の未来しか見えねえよ。」
「いいじゃん!1回!」
「あーもう。わかったよ。」
ーーーーー
少し先に見据えた少女に浮かぶ笑み。卑しい下卑た笑みじゃない。純粋な好奇心、期待。その期待に沿うことが、アキトには絶対にできないことも含めて、この気の進まない気持ちは大きく肥大化していく。
たとえどれほどの自信があろうと、腕があろうと、大罪囚に挑もうとする猛者、いや、愚者はいないだろう。
「じゃあ、この石が地面に落ちたらスタートな!」
「わかったー!」
手のひらにギリギリ収まりきらないサイズの石をぐっと握りしめ、感触を確かめてから。息を吸う。力を込める。その石を、放り投げる。
ーーー屈縮術、起動!
体を大きく使え、筋肉を締めつけろ、方向性に力を持たせろ。並べられる理論の濁流、繰り返される言葉のフラッシュバック。できるのかと問う心の弱さ。できるさと笑う心の慢心。
できないと意味ないだろ?と、ずいぶん冷めた目で言う自分。薄い金髪の、自分。まるで、あの男のような。仮初めの最強のような、影の最強のような。
ガサリ、と。鈍い音に草木が絡まり、貧相なゴングが鳴らされる。
既に、ライラという敵の姿は、視界内にない。当たり前だ。今まで、視界内に留まり続けてくれた敵がいただろうか?いない。そんな弱い相手、いるはずがない。すぐにアキトの視界からいなくなり、強さで全てを翻弄し、喘ぐアキトに笑みを浮かべ、嘲笑を聴きながら咆哮した。ならば、今この状況は、いつもと変わらない。
「ここ!」
己に問いかけるように、震える精神に叱責を投げつけるように、電流を超える感情を、伝えるために。叫ぶ。
爆裂、受けた衝撃はそう言っても過言ではない。しかしそれを受けたのは、足。その衝撃は、屈縮術を発動した音だ。
屈縮術によって生み出された爆発的な膂力によって、地面を大きく目指していた体は弾かれる。叩きつけられたピンポン球のごとく、軽い反発音を嗚咽で代用しながら地面を転がっていく。バウンドを加えることで芸術点も追加。合計点数23点の屈縮術緊急回避。刹那、脳内のデジタル画面に表示される点数が大きくひび割れて瓦解する。
空気を喰らう暴虐の音色が、音撃を放つ高速の拳が、威力をばら撒きながらアキトに言った。
「あれ?避けられちゃった?」
「あ〜、悪い、それは無理。」
そして、放たれた2撃目。視認することは叶わない。
アキトの脳内オーディエンスが、ゆっくりと帰り支度を始めるのが、見えた気がした。
ーーーーー
これは夢だと、しっかりと自覚した。夢を夢と認識することは、アキトは十余年生きてきて一度もできた試しがない。
夢だと理解できたのは、いつも夢の外。夢の中では自分だけれど自分ではない。しかし、自分なのだ。
しかし、この夢ではしっかりと夢を自覚しているし、この体に自分ではないような自分を感じることもない。夢というより妄想の方が近い。
まぁ、この空間に可愛い女の子ハーレムがない時点で、アキトの妄想でないことだけは確かだ。
つまり、
「282、お前なのか?」
アキトの遭遇した、1度目の対戦。正確には2戦目、対アワリティア戦。その前兆に戦慄していた夜。アキトは夢を見た。
爆煙と炎。飽和するほどの魔力量に侵された、変わり果てたカーミフス大樹林。そして、そこで戦い続ける2人の少年。
ミカミ・アキトにはカガミ・アキトの脅威が。
カガミ・アキトにはミカミ・アキトの脅威が。
ふたつ、それぞれの夢として現れたことは、カガミと相見えた時に確認済みだ。そして、それが282の仕業だということも、薄々感づいていた。
アキトに見せられたカガミの脅威。それは、アキトの視界を白で埋め尽くし、それでも飽き足らずと全ての感覚を潰し尽くした破壊の権化。
カガミに見せられたアキトの脅威。それが、カガミの攻撃を黄金の剣で切り刻み、切った攻撃をそのまま返してくるアキトの姿。
さて、フルマナ・ガロンですら到達できない破壊力を、カガミは持っていたか?全ての攻撃のカウンターを行う魔剣を、アキトは持っていたか?その2つの疑問には、否の烙印を大きく押せる。
では、その脅威の警告は一体なんだ?一体なぜ見せられた?
282にそんなものを見せるメリットはない。ならば、それを考えた結果は、皮肉なことに、アキトとカガミ。2人とも同じだった。
そう、そのまま生き続けた時の姿。すなわち、互いの、未来の姿。
「未来、次は、誰の・・・?」