195.【鉄仮面をあるべき場所へ】
深い緑、それを割る幾多の木漏れ日。その隙間を抜ける風は暖かく、揺れる木の葉の音が心地よい。対照的に、その下を黙々と歩き続けるアキトとアイリスフィニカの間は、どんよりと淀んだ空気が漂っていた。
「アキト、何かあったの?」
「い、いや・・・別に。あいつも、疲れてるんだろ。」
と、そんなアキトの顔を見上げて、小さな声で問いかけるのは、すっかり元気になった大罪囚序列2位、『嫉妬』ライラ・クラリアスだ。整った顔立ちではあるものの、美少女と形容されるには足りない。ごく普通より少しだけ可愛い。そんな少女。
無邪気に問いかけるライラの言葉に、アキトはバツが悪そうに顔を背ける。鉄仮面の力について、アキトの求める力について。だれかともめるのは、これで何度目だろうか。
自分と何度も争ってきたその議題を、他の人と話せるのは、それだけアキトが心の距離を縮められたからで、それほどアキトの鉄仮面が中途半端だからだ。
「それよりライラ、何か反応はあるか?」
暗い話題を切り替えるように、アキトが道の先を見据えて問う。お世辞にも道とは言えないような場所を進んでいるため、いきなり襲撃なんてされたらアキトはなにも守れないし、無駄にこの森を血で汚すだけになってしまう。
「精霊さんは何にもないって言ってるけど。心配しすぎじゃないかな?」
「悪いな、臆病なんだよ」
見た目的には遥かに年下の少女に、言葉は違えどビビりすぎでは?と言われてしまい、若干の悲しみを心に刻まれるアキト。なかなかに傷は深かった。
といっても、この少女とアキトに至っては、一匹の蟻と一国の軍隊ほどの隔絶した力の差がある。アキトの杞憂に間違いはないし、少女の言葉も妥当だ。
「ここには、なにも無けりゃあ良いんだが。」
鉄仮面からこぼれ落ちた言葉は、何度目か分からない白旗の音。今度ばかりは、殺されない降参をしてみたいところだった。
ーーーーー
「ライラ、この辺で休もう。もう昼だしな。」
「うん。」
少しだけひらけた場所で歩みを止め、近くを歩いていたライラに言う。アイリスフィニカにも聞こえているだろう。2人ともそれぞれ準備を始める。
厄介なことに、この世界では普通に空腹に陥るようで、ここに来るまでにも数匹獲物を狩っていた。
うさぎのような動物。むしろうさぎじゃないところを見つける方が難しいのだが、きっとこの世界では呼び方が異なるのだろう。
「俺は捌いたりとかできないんだが・・・」
「アイができるから大丈夫。」
「・・・そ、そうか。じゃあ俺はちょっと散策して来る。すまん、頼んだ。」
ーーーーー
「さて、始めるか。」
アイリスフィニカに料理を任せて、少女たちに見えないような奥地へと移動。散策にかこつけた特訓の開始だ。
屈縮術の鍛錬だと言って出てくれば、アイリスフィニカとていい顔はしないだろう。全てを任せるのは心が痛いが、アキトがいても作業効率が落ちるだけ、こちらの方がよほど有意義だ。
「意外と熱心なんだ?」
「っ!」
幼い声に肩を揺らし、確認なんてせずに足に力を。屈縮術を構えて声の主へ瞳を鋭く、
「ライラか・・・驚かせんなよ。」
「えへへ・・・アキト、足の屈縮術は少しできるんだ?」
アキトの背後に立っていたのは、ライラだった。声だけで判断できないほどに感性が鈍っていたのかと自嘲して、屈縮術を解く。
ライラといるときは、定期的に席を外している。能力の発動は、アキトの信念の強さでどうにかできる。アイリスフィニカはそうはいかないため、憎悪を出してしまわないように話さないが。
「まだ腕の屈縮術ができてない。どうして?」
まるでできるのが当たり前だとでも言いたげな表情で、ライラができるのが当たり前だと言う。当たり前だけれど、その当たり前に何倍も時間がかかるのがミカミ・アキトという人間で、それは仕方のないことだった。
「腕はなんつーか、イメージしにくい感じ?だからできないんだよ。」
「ふーん。屈縮術は殴打の威力をあげられる、武器なしの必須能力っていうけど。」
無手のアキトには、魔法とか特殊な能力はない。かと言って屈縮術ができるわけでもない。やばすぎる。雑魚すぎてスライムにも勝てない。まぁ最近のスライムは最強だからと言い訳して、屈縮術の鍛錬に戻る。
「その必須能力を磨くために頑張ってるんですが?」
「あ、そっか・・・」
「そうだよ。」
風が吹く。首筋を撫でるひんやりとした風と、暖かな日差し。素晴らしい気候に感謝しながら、腕に力を込める。ずれかけた鉄仮面を、深く被り直す。鉄仮面を、あるべき場所へと、付け直す。