190.【穏やかになれない心の内×2】
焼けただれる肺から吐き出される息は、荒々しい掠れを伴って繰り返され、両足から流れ落ちる血流は、鮮やかな色彩を、その灰色の床に添えていた。肩を揺らして呼吸をするたびに、体を動かそうと力むたびに、喉を流れる激痛がそれを邪魔する。
眼前。顔の半分以上を赤く染め、爆ぜる肉体の痛覚を引きちぎった男が、不敵な笑みで立っていた。
ほとんど距離のない場所での、超近距離爆裂。魔石によってもたらされたその力の暴力の前で、その男は生きていた。その両足で力強く地面を踏みしめ、その瞳を勇ましく研ぎ澄まして。
では逆に、己はどうだろうか?
半ば諦めた思考が、そんな疑問を産み落とし、理解したくもない痛覚の数々を、傷跡という証拠によって認知させられる。
認知しなくとも、分かっていた。もう、動けない事が。もう、この姿勢から、微動だにしない事が。動くとしたらそれは、力尽きて倒れた時だという事が。
眩む視界、波打つ痛み、嘔吐感の濁流。文字通りの凄惨な現場で、ゆっくりと意識が刈り取られていく。
端から暗く、闇に飲み込まれていく世界の中で、くぐもった声を聞いた。
「今日からお前は、騎士だ。」
燃えるように熱い頭で、怒りに任せた力を振るおうとした。振るおうとした。
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皇の城。本来、籠城戦や戦略本部として変化するはずのその城は、歪な草木に覆われており、ヒビが走る崩れかけとも言える損傷具合だった。といっても、興都戦線の終結時、煌びやかな装飾や厚い壁がほとんど元の姿を残していなかった状況を思えば、あと数ヶ月ほどで修復の終わるこの城は、マシなのかもしれない。
俗称では『皇城』となっているその建物は、しっかりとした名前がある。しかし、『ウドガラド興都城』なんていうやる気のない名前など呼ぶはずもなく、そんな古くさい正式名称を会話で用いるのは、隠しきだのなんだのを重んじる老人勤務職か、名前だけしっかりしたゴシップ誌くらいである。
そんな風変わりした城を離れ、大きく引いた全体像。
血飛沫と瓦礫にあふれていた街は、大きく息を吹き返し、前よりも活発に発展している。
「もう、朝か・・・」
窓から差し込む暖かな光。部屋を照らすそれらを、人は好印象で迎え入れるだろう。しかし、彼に限ってそんなことはなく、無関心どころか忌々しげにカーテンを閉める。
使った事がないのでは?と疑いたくなるほどに綺麗なベッド、それとは対照的に、どれほどの年月を使い潰してきた?と問いかけたくなるほどにボロボロになった机。白を基調としたそれには、金の刺繍が施された装飾があり、それを台無しにするほどの書類の山と、インクの匂いが立ち込めている。
そんな机に視線を投げて、ため息をついて椅子から立ち上がる。
すぐに手が届くようにと近くに置いてあった双剣を手に取り、腰に携える。昔はダガーの二刀流スタイルであったが、射程の長さに限界を感じ、細剣に酷似した両刃剣を二本の戦い方に落ち着いた。
ずっしりと重みを伝えてくる刃に安心し、そろそろ来るであろう少女に思いを馳せる。
しかし、諦めたように再びため息をついた青年は、引き出しから紙を引き抜き、無造作に転がしてあった筆ペンで文字を連ねる。
机の1番目立つであろうど真ん中にそれを置き、虚空に描いた輝きの紋様を焼き付ける。これを記しておけば、少女はこの置き手紙の差出人をすぐに察する事ができるはずだ。
置き手紙に並べられた、言い訳とも取れる言葉の数々。鍛錬のためだとか、政務の補佐だとか、それらしい理由を書き尽くしたものの、それらは所詮言い訳で、けれど、少女はそれに気づいてもなにも言わない。だからこそ、こうして甘えてしまう。
ーーー気持ちの整理がつかない、言い訳だ・・・
脳内で自分に叩きつけられるその言葉。しかし、ここに残って少女と顔を付き合わせるような勇気が湧いて来るはずもない。そのまま、足早に扉へと歩みを進める。
うんざりするくらい重い扉の片方を開けて、出て行こうと足を踏み出し、
「あっ!」
「・・・ヴィーネ・・・」
丁度タイミングが同じだったのだろう、開け放たれたドアの前に立っていた少女、桃色の長髪をなびかせる剣士『ヴィネガルナ』が、彼の腕の中に収まっていた。
ーーーしまった・・・
冷や汗をかきながら、ファルナ専属補佐のウルガは、肩を落としたのだった。
若干スランプ気味、作者です・・・。長らくさぼってしまいすみません。
本編は、監獄編がひと段落したので、上での出来事に行こうかな、と思ってます。