184.【一面赤い景色】
第1回小説執筆シャトルラン3回目。
アキトをお姫様抱っこして、地面を抉り取りながら、クレーターの軌跡の先を駆ける少女。アイリスフィニカだ。
とんでもない速度で進む先には、あまり見たことのないような密度の木々たち。先程からその速度で進み続けているのにもかかわらず、少女は一度もそれらに接触していない。
「ねぇ、なんでお姫様抱っこなの?俺を虐めたいの?」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・」
反射的にそうしてしまって気まずい状態のアイリスフィニカが、追求を振りほどこうと速度を上げる。
「ちょ!まぁぁぁぁああああ!!」
アキトの声が続くと、木々がざわめく音がエコーのようにながれる。余計な演出に突っ込む間も無く、全面赤い景色の場所にたどり着く。
ライラたちの姿は見えない。
木々に染み付いた手形と、放射状に飛び散った肉塊と、血溜まりを量産するライラの一部だったもの。少女一人分からあふれられる量ではない。回復が仇となり、この惨状を作り出したのだろう。
そこで急ブレーキ、土埃をあげながら止まり、アキトを地面に下ろす。
「悪いな」
「大丈夫だ、それより。」
「っ、ああ。急ごう。」
アイリスフィニカが目線で示す先、ぐちゃぐちゃの何かに銃のような筒を突きつけるバケモノの姿があった。
間違えるはずがない。見紛うことがあるはずがない。見間違えられるはずのないほどの圧倒的なインパクト。そして、巨躯。
と、するならば、既に人の形をとどめていないそれが、ライラなのだろうか。
アキトたちがたどり着く数分間を、銃撃の嵐にさらされ続けた、ライラなのだろうか。
赤き閃光が宙を駆け、切り裂く空気が見えるほどの速さでレイに激突。その始めの膂力に肩が粉砕。ひしゃげる骨がバラバラに弾け飛び、そこから亀裂がレイを駆け巡る。更に、元の力である斬撃が、骨を断ち切りながらレイの頭蓋めがけて進む。
「見つかりましたか。残念なのです。」
それを、拳で自分の骨ごと粉砕してへし折り、いらだたしげに脇腹へと蹴りをかます。
「がはっ!!」
メキメキ、という音が、アキトにまで届き、肺の中全ての空気を吐き出し尽くした少女の嗚咽が響く。遅れて、血を吐き出す少女が吹き飛び、数本の木々をなぎ倒しながら爆裂。白煙と血飛沫にまみれながら、やっとの事で停止する。
ぐったりとして動かなくなってしまったアイリスフィニカへと、レイが猟銃を容赦なく向け、発泡。轟く銃声が少女へ迫り、肩を破裂。
レイは確かに、頭を狙った。一撃で死滅させようと、その脳天めがけて。しかし、少女は避けた。気絶しているはずなのに、意識は無いはずなのに、認識不可能な上、意識すらないというのに、少女は避けて、被弾地点をずらしてみせた。
「殺意を感じ取って目を覚ましたのですね?素晴らしい。素晴らしい獲物なのです!」
「うる・・・さ・・・い」
そんなアイリスフィニカを見て、歓喜狂乱に声高らかに叫ぶレイ。かろうじて言葉を返すアイリスフィニカではあるが、少女には既に動けるほどの力は残っていない。
レイのステップが変化。アキトが気付いた時には、レイはアイリスフィニカの目の前にいた。
「く、屈縮術!?」
本来、筋肉の収縮を利用する屈縮術を、レイが発動したことに、アキトは驚きを隠せない。しかし、原理は簡単だ。骨による擬似筋肉の再現。体の全てをそれで補っているレイに、屈縮術が使えないどうりなどない。
そうして、アイリスフィニカの首を掴み、掲げるレイ。続くモーションは、アキトに視認できなかった。
黒い線。それが、幾多にも重なり合い、混ざり合い、絡まり合い。そうして、アイリスフィニカたちが掻き消えた。
いや、簡単なことだった。髪、肌、服、骨、それら全て、アイリスフィニカとレイを構成する全てが、超高速で移動したことによる残像の連鎖。重複。それが、アキトにギリギリ読み取ることのできた限界。それだけの話だ。
それでは、消えたレイたちはどこに。視界を空に見上げれば、レイの手放したアイリスフィニカが、自由落下してくるところだった。
「危ない!」
その途中、黒い残像からレイという形へと変わるそれが、アイリスフィニカの胴を再び蹴り飛ばす。
衝撃波が目に見えるほどに強く、速すぎる蹴り。それが行われた瞬間。はるか下にいるアキトたちのところにまで、とんでもない風圧が叩きつけられた。
折れる細枝。揺れる葉や木々。そして、思わずよろめくアキト。
そんな脚力に蹂躙された少女が無事なはずがない。吹き飛んだ少女は、先ほどまでいたビル群地帯にまでその身を投げ出された。
「やめろ!やめろぉ!!!」
そうして空中で揺られるアイリスフィニカの腹に、レイが拳を叩き込む。
その力は、少女の華奢な腹に穴を開けるには、十分すぎる力だった。
吹き飛ぶ血飛沫がビル群を赤く染め上げる。ビル全てとは言わずとも、そのほぼ全てにアイリスフィニカの血飛沫が付着。そういえば、どれほどの威力で腹を貫かれたのか分かってもらえるはずだ。
少なくともアキトには、理解するのが簡単すぎた。