167.【続・聖剣乱舞】
置いていかれてしまう。
暖かくて、ずっとそこに居たくなるような、そんな存在が、居なくなってしまう。
初めてだったのに、そうやって、1人じゃないから、幸せを見せてやるから、そんな言葉をかけてもらったのは、初めてだったから。
暖かかった。ずっと、そこに居たくなった。心が、熱くなった。
「いかない・・・で、アキト・・・」
「大丈夫。どこにもいかない。安心しろ。」
「っ!アキト、アキト!」
まだ意識が朦朧としていたのだろうか、上半身を起こしてアキトの存在を探す少女は、体勢を崩して倒れこむ。それをすかさず抱きとめ、美しい赤髪を撫でた。
金髪ロリではないけれど、その少女は立派に吸血鬼で、立派に人間より上の存在として君臨していて。なによりも、人間らしかった。
「落ち着け、好きなだけそうしとけ。俺なんかでよければな。」
「んっ、ん!」
依然、爆音と波打つ水流の音がひしめき合っているものの、ここには邪魔は入るまい。
今はただ一心に、少女をなだめるアキトだった。
ーーーーー
水飛沫が舞い散り、さながらミサイルのようにライラを滅さんと迫る。一見ただの水。しかし、そこには宝剣もびっくりの斬れ味と、ミサイルなど問題にならない破壊力が宿っている。現代兵器が泣いて逃げ出すレベルである。
そんな乱舞の中を、たった一条の隙間に潜り込み、無き道を切り開くように水流を叩き割り、暗い未来を照らそうとチスニプリウムを輝かせる。それに応ずるように更に打ち上げられた水柱。それらは一斉に方向を捻じ曲げ、同じく死を運ぶ槍としてライラに迫った。
四方、ライラの全身を滅多刺しにするように進む刃たちを視認。空気を走らせる刀身の輝き。
「エウロノア・ペイルダム。」
小さく呟く声。自分でも、どうしてそんな言葉を言ったのか分からなかった。しかし、それが完成形でないこと、何かの技であること。なにより、自分が今使える中で、最強の一撃であることは、簡単に理解した。
精霊聖剣『チスニプリウム』の誇る絶対的斬れ味、そして、精霊王からの力の拝借。精霊が行き来する剣には、必然的に霊力が大きくまとわれる。つまり、聖剣は、最強の斬れ味を顕現させる。その太刀筋に最も近い伝説の技が何かと問われた時、誰もが答えるだろう。その最強の刺突の名前を。
エウロノア・ペイルダムの名を。
突き出された刃から瞬きが増幅。一帯を覆い尽くしていた鬱陶しい水を、根こそぎ消し去った。
すすむ刃の先には、あったはずの水が無くなっており、半円柱型にえぐり取られたその場所にやっと気づいたように、その他の水がそこへと移動を始める。
『このままやっていても終わらないナ』
「水が尽きる前にライラたちが霊力ぎれで負ける!」
『ナニ、月から剣技を引き出したんダ、その剣にはもっととんでもない力があるんじゃないカ?』
エウロノア・ペイルダム。伝説の技と称されるそれは、精霊によるものではない。聖剣に降りてくるはずのないものだ。
『精霊の中には、力を最大まで引き上げる奴がいるそうじゃないカ。』
「この剣の、本当の力?」
ヴィネガルナの能力に酷似しているものの、どちらが強力なのかはいうまでもない。その強すぎる精霊の力によって、強すぎる剣が強化されたのだとしたら。
『全ての保管庫となる月から、何カをおろす力。それガ』
「チスニプリウムの、力?」
『可能性はあるだろうナ』
「・・・・・・・・・。」
握りしめた剣。真価を未だ発揮していないのだろうか、その剣は。ずっと戦ってきたのは、自身に危害を加えることのない相手、レヴィアタンだった。しかし、今回の相手のユルカナミシスは、本気でライラを殺そうとしている。覚醒とでもいうのだろうか。今まで殺すためだけだった刃を、守るためにも使わないといけない。それが、ここで拮抗している現状を生み出しているのではないか。
いつの間にか周囲には見慣れた水が溢れており、再びその刃をライラへと向けていた。
「っ!」
そして、とうとう業を煮やしたのだろうか。ユルカナミシスの月界『海龍月界』とは別の、その龍の力。無限水流。その大質量が、ライラの上で落下してきていた。
いつか見た戦術ではあるが、今回は前と同じようにはいかない。ただ消滅させただけならば、月界からの攻撃を受ける隙を作ってしまう。しかし、このまま防御に徹していれば、上からの質量に揉まれ、月界の暴力に内側から壊される。
「害獣!そんな姑息なこと!」
徐々に迫る大瀑布。手を緩めない死雨と水槍。
刹那、何かが動いた。
今更の話ですが、『バーチャルさんは見ている』の次回予告に尊様が出てるのを見て感激しました。最推しです。