164.【暗闇に浮かび上がる】
「どこにいくんだ、あいつ・・・」
ーーー今日は随分体力があるんだね、上にいた頃は全然なかったけど?
アイリスフィニカの兄と思われる人物。もし兄だったとしたらエゴロスフィニカと呼称される人物であり、後の思考者、『ラハトギャラク』を残したエゴロスフィニカということになる。
それを追い続けて早数十分。一向に彼が立ち止まる気配はなく、かといって、とんでもないスピードで爆走しているというわけでもない。それだというのに体力の余力を心配される心当たりが、確かにアキトにはあった。
「お前は知ってるんだろ?上にいた頃の俺の唯一の日課だぞ。」
ーーーその貴鉱石に魔力を注ぐことだろう?
「そうだよ。寝る前だったら、それ以上魔力を使わないからな、存分に吐き出して寝られる。その代わり、次の日が中々地獄だがな。」
アキトの魔力タンクはぶち壊れている。一度魔力を貯めてから、それを一気に術式に注いで魔法を使っていた興都決戦とは違い、今のアキトには魔力タンクがない。つまり、その貴鉱石は何の効果も示さない。しかし、魔力を受けて輝く貴鉱石は、魔力を蓄えるいいタンクであった。
生み出した魔力が魔力タンクの底を抜けてアキトの体外に出る前に、その魔力を貴鉱石へと蓄えていく。そうすれば、体に不足した魔力を作ろうとして、体はさらに魔力を作る。これを、作れる限界まで作って、限界まで貴鉱石に貯めるというのが、アキトの日課となっていた。無論、生命力の源といってもいいそれを枯渇するため、次の日の行動や、疲れの蓄積などは多くある。しかし、そうしてちまちま貯めた魔力は割と貯まっており、リデアの剣の生成が行える半分に届かないところまでは貯める事が出来た。
「まぁ、バルバロスじゃ数えられるくらいしかやってなかったからな。疲れはそんなに出てない。」
いつ死んでもおかしくない大迷宮であり更に、厳しいアイリスフィニカの訓練もあり、頻度は3日に一度ほどに落としていたのだった。
「それも何だが、ここ、どこなんだ?」
ーーー僕も全てを記憶しているわけではあるんだけど、何をするのかまでは分かるなぁ。
「全部知ってんじゃねぇか、ラスボスかお前は。」
明らかなるチート性能。知らない事ないくせに、なんて思ってはいるが、それも282がアキトに執着する理由の一つだ。そうして見通せてしまうのに、アキトの未来は見えなくなった。興都決戦の最終決戦。対カガミ戦にて。
本来ならば、アキトの最善の結果としては、彼の撃退だった。しかし、あろうことかカガミに一撃かます少女が現れ、更にはアキトがバルバロスへと投獄されたときたものだ。好奇心が抑えられるはずもない。
「止まった・・・」
ーーーさ、いってみよう。僕たちはどうせ見えてないんだ。
そう言われても、と言いたいところではあるが、走り回った子供のタックルとも呼べるスーパーダッシュが自分をすり抜けたことを思うと、何だか否定するのも馬鹿らしくなり、ゆっくりと歩みを進めた。
日も大分落ちてきた。緑の香る豊かな村から一転。現れたのは巨大な崖。そこに掘られた洞窟。いかにも不気味な見た目の場所ではあるが、行くしかない。
「エゴロスフィニカです。」
「・・・・・・・・・入れ・・・・・・。」
優しくその洞窟に声を投げ入れると、それに応ずる声が、そこから響いてきた。
「この・・・声・・・」
どこかで聞いた事がある。そんな直感を胸に閉ざす。しかし、その間延びした暗い声には、どうしようもなく強制力があった。アキトの心を叩く、とんでもなく大きな力が。それが誰の声なのか、どこで聞いたのか、何かがわかる気配なんて全くないのだけれど、早まる動機を押さえつけながら進む。
「って!アイリス!?」
洞窟の入り口へと差し掛かったとき、どこかあどけない表情の少女が、心配そうにそこを覗き込んでいるのを見つけた。よくよく考えてみれば、アイリスフィニカの記憶なのにも関わらず、どうしてアイリスフィニカのいないところの記憶まで分かるのか、それは、疑問に思わないことの方がおかしいことだった。
「なぁ、この先に、誰がいるか、分かってないだろ?」
ーーーうん。どうしてだろう。分かってるんだけど、きっと違うんだ。ここにいるのは。
「そりゃそのはずだ。こいつは、ここにいるはず無いんだ・・・」
ミカミ・アキトは気づいてしまった。歩む道のり、暗闇に響く足音、脳内で反芻する声。こえ。聲。
ああ、そうだ。アキトはこの声を知っている。けれど、知っていてはいけないのだ。知っている事が罪だと言われてもしょうがないほどに、アキトが知っていることはおかしい。
暗闇が晴れる。松明に照らされる表情が見える。
金髪の、美しい少女の表情。
優しげな双眸の兄の表情。
そして、いつか見た時のように、ずる賢い笑みを浮かべる、
ミカミ・アキトにそっくりな、その男の表情。
「さぁて、始めようか。」